<序章 | 第1章(2)> |
■第1章(1) アウスの街の夏はかなり暑い。 リザリィ大陸のおよそ半分を占めるアドゥリア国。その南方に位置し山に囲まれた場所にその街はあった。盆地にあるせいで気温は最南端の街と同じくらいまで上がるうえ、風もせいぜいそよぐ程度。暑いのもしかたがない。 にも関わらずアンジュは照りつける太陽のもと、涼しげな表情を浮かべてよく晴れた青い空を見上げていた。 一瞬ふいた風で視界をさえぎった炎のような色の髪をかきあげながら、なおものん気にあたりを見回すのをやめなかった。 この界隈はなかなか人が多い。それはここが商業都市で、中央通りからは2本ほど外れているものの店が立ち並んでいるからだろう。商人たちも裏通りということを全く気にせず、元気に道を歩く人たちに声をかけている。 その活気ある町並みや人の流れから、すこしはなれたところにあるベンチにひとり腰かけていたアンジュはぽつりと呟きをもらした。 「今日じゃなければゆっくり日光浴したいところなんだけどなー」 強い日差しに雲ひとつない空、ときおり木々をゆらす程度の風。昼をすぎて気温は上がっていくばかり。 他の人であればうんざりするであろう事実も彼にとってはささいなことのようだ。 「そう思ってるのはお前だけだ。この暑いときによくそんなことが言えるな」 「ケイ兄!」 突然現れた人物にアンジュははっとして横を向き、印象的な金の瞳を大きくさせた。 兄と呼ばれたケイはなるほど確かに同じ血を引いているようで、アンジュよりも短くくすんだ色合いをしているが赤い髪をしている。 その人物の呆れた口調はこの暑さのせいもあるだろうが、おそらくアンジュの発言も原因のひとつに違いない。 アンジュはそうとは全く気づかず、ただ驚いてせもたれから身体を起こしていた。 ベンチに置いてあった剣と大き目の荷ががしゃりと音を立てる。 「昼間も暑いわ夜も蒸し暑いわで寝られないんだぞ俺」 「そう? オレは気にならないけど。昨日の満月、すっげーキレイだったー」 「……これから選出試験に向かうってのになんだその気合いのなさは」 「えー、だってここでやるのって単なる候補者の選出じゃん? 大丈夫だって」 「……」 アンジュの様子にためいきをひとつついた。 いつものこととわかっていても、このどこからでも湧いてくるアンジュの自信には十年以上共に育った兄でも呆れるほどである。問題は、この事に関して誰も否定できない実力に裏打ちされていることだった。 どうしてこういうやつに限って……と思っても仕方ないのである。 そんな兄の様子を全く気にすることのないアンジュはだまって荷ごと横にずれて隣をすすめる。 うながされたとおりに座ったケイは、ポケットのなかから小さなタオルを出して汗をぬぐった。 「それより仕事は?」 「親父に言われてぬけだしてきた。伝言だ」 父親からの伝言、という言葉にアンジュの顔はしかめっつらになる。 お前みたいなちゃらんぽらんやつがなれると思ってるのか。そんな簡単なもんじゃねえ――というのが父親の口癖だった。 出てくるときにもさんざん言い聞かせられたこの言葉だと簡単に想像がつく。 しつこいなあと言わんばかりの表情のアンジュにケイは苦笑いを浮かべた。 「そんな顔するな、ああいう性格なんだから」 「わかってるよ。で、なんだって?」 しかし、ケイの口から出たセリフにアンジュはさきほどよりも衝撃をうけることとなった。 「[ディエ=フライグ]になったってお前は単なる末息子にしかすぎねえんだから調子にのんな、だとさ」 [ライグ]という力は遠い昔から存在していた。 風、火、地、水、この4種を統べる太陽、月、闇の7属聖をあやつる力のことであり、またその力を持つ人のことも示す特別な言葉だ。 ――神世紀といわれる神話の時代、リザリィ大陸に3人の神がいたという。 不老不死の身体を持つ彼らに、人々はおそれを抱きつつ、あがめられていた。 彼らの名は伝わっていない。 一人は風・火・地・水の4属性を統べる[ライグ]から太陽の神と言われた。太陽のごとく輝かんばかりの黄金の髪と瞳をしていたという。 二人目はいやしの力を持つ月の神。夜の闇にやわらかな光をたたえる満月のような銀の髪と瞳の持ち主だった。 三人目は空の神とも闇の神とも言われ、生と死をつかさどり空を渡る力を持っていた。どんな闇よりも濃い黒髪と黒水晶のような瞳をしていた。 いつのころか突然現れたという彼らは神であり、[ライグ]の王だっだ。 神につき従うライグたちは[ディエ=フライグ]として神を支え、神とともに人々を護った―― この伝承は数千年と語り継がれている話である。 今では正式な地位としてディエ=フライグは確立していた。 年に一度、年の暮れに候補者を王都に集めて選出されている。 夏から秋にかけ、主要な都市で行われる選考会を通ったものだけが候補者として王都に行くことができるのだ。 王のそばを許され、様々なかたちで王を補佐していく特殊なこの職に就くものは、神々を祀る神殿でもまた神の子として高位。 ライグだけでなく多くの人々にとって憧れと畏怖の存在だった。 そして。 アウスの街にある兵舎の屋外練兵場では、今まさにその候補者の選考会が行われていた。 灰色の兵舎にそこから大きく突き出した日よけの屋根、区画を囲う灰色の塀。そしてその奥に見える緑深い山々。かなり広く景色がよいものの、殺伐とした雰囲気は絶えずただよっている。 いつもならばここで多くの兵が剣や素手で鍛錬をしているのだろうが今日は違った。 集まっている人は若い少女やどこにでもいそうな普通の青年、身体を鍛えているであろう傭兵らしき男などと、正規の兵とは思えないものたちばかりが多く目につく。それに金髪から藍の色をした髪と、多様な人種が入り乱れている。 彼らに共通しているのは全員ライグであることと、武器を所持していることだった。種類は様々だったが、全員が何らかの武器と装備をまとっていた。 模擬試合が試験内容に含まれているからだ。 もちろんアンジュも、すぐ手の届くところに彼のごくごく一般的な剣が無造作に置いてあったし、逆の意味で注目を集めるほど簡単な防具しか身につけていなかった。 アンジュがその中でも非常に浮いているのはそれだけが理由ではなかった。 この街の出身でないことはたいして取り立てることではない。商業都市ゆえに人の出入りが激しく、隊商にいるライグなどもこの街で試験を受けることが少なくないからだ。 試験直前というぴりぴりした雰囲気の中、アンジュが気軽に声をかけまくったことは……原因のひとつかもしれない。 最大の要因は、皆がつよい太陽の日差しを避けて日よけの屋根の下に集まっているというのに、彼ただひとりがその屋根の届かぬところに腰を落ち着けていることだ。ちらちらと視線を受けていることに気づいているのかいないのか、空を見上げたりごろりと寝転んだりと自由気ままにふるまっていた。 別に目的もなく日光浴を楽しんでいるわけではない。 自分の順番を待っているのである。 アンジュは屋根の下に集まっている人たちをあらためて見回し、最後に正規軍の装備を身につけた兵士が集中している屋根の一番奥に視線を向けた。 そこには兵士だけでなくこの街の神官がひとり立っていた。 確かセギ、って言ったっけとのん気に回想する。 表情を変えることなく淡々と挨拶した彼は、もったいぶった丁寧な態度のわりに無礼なやつというのがアンジュの受けた印象だった。 ――[ライグ]の志願者諸君。私はアウスの神官、セギと申します。 今回の[ディエ=フライグ]候補者選出における私の担当は、[ヴィグレイス]による選別。小さくともこのヴィグレイスに[イリエ]を起こすことがあなたたちの最低条件です。……が、残念なことに私が着任してからというもの[ディエ=フライグ]の選出のために王都へ進んだものはおりません。なぜなら志願者の中で[イリエ]起こすものが存在しなかったからです。 ですが気を落としてはなりません。今回の志願者は今までのなかでも珍しいほど人数も多い。 まずは、あなたたちの中から私にイリエを見せてくれるものがいることを願います。 名を呼びますので、順に前へどうぞ。 ……最後に。候補者として選ばれなかったとしても気を落とすことはありません。 [ライグ]とは力そのものの呼び名にして、神につらなる力を持ちえた者を示す特別な言葉。 じゅうぶんに神の恵みをいただいているのを忘れず、驕ることのなきよう―― 全く期待のこもっていない声で一礼したセギ。 わざわざ胸元に手を当てて頭を下げるという正式な拝礼をした彼の態度がすこしばかりカンにさわったアンジュだったが、まあこの神官は性格の悪いやつなんだろうと思いなおし、わざわざ同じように礼をしてやったことも思い出す。 彼の顔は相変わらず無表情だ。 仕方ないかとアンジュは肩をすくめた。 集まったうちの半数以上の人が[ヴィグレイス]に触れたものの、いまだに[イリエ]は起きていないのだから。 ヴィグレイス。 ライグを色や光で映し出すことのできる透明な水晶の名だ。触れると太陽をあらわす黄金の光、風をあらわす白い輝きなど、具現化される特殊な石である。 [イリエ]は触れるだけでなく、ヴィグレイスに力を放出しなければならない。水晶を[ライグ]の力で満たし、飽和状態にすることで起きる様々な現象を[イリエ]と呼ぶのだ。 ライグそのものが現れて風が起こることもあれば、ヴィグレイスの中に結晶を見せることもある。 しかし、イリエはそう簡単に起きるものではなかった。 両手で包めるほどのおおきさであればひとりでもイリエを起こすことはできる。 問題は[ディエ=フライグ]候補者選出に使われるヴィグレイスはその倍以上だということだ。 今まで前に出て触れたものは皆変わらず肩を落としていた。 残りはあと三分の一。 その中に含まれるアンジュは、緊張で蒼ざめている他の面々と比べて不思議なくらいリラックスしている。 自分が受かるとしか考えていないのだ。 そう思って勇んでやってきた他の力あるライグたちが打ちのめされていようとも、アンジュには関係ない。 「よし」 あのセギっていう神官に目にものみせてやらないとな。 ようやく立ち上がり――幾分遅いと思わないでもないが――、屋根の下へと移動した。 空いていた近くの長いすに座ろうとしたアンジュは、柱を背に立つひとりの少女を見つけた。 銀髪の少女。 あんなやついただろうかと首を傾げたが、すぐに別のことに好奇心にかられてアンジュは少女を凝視した。 基本的にライグの属性は髪や瞳の色に出ていることが多い。染めているものもいるだろうから必ずというわけではないが、アンジュのように赤い髪を持つものは炎のライグだと思われるし、実際そのとおりだ。神官のセギは蒼い髪と赤い瞳から、水と炎を操るのだろう。 アンジュの見事な赤毛は力の象徴――かなり強いライグだと、実は注目を浴びている原因のひとつでもある。 そして彼女は癒しの月のライグに違いない。しかも、とびきりの。 ほのかに月の光を放っているかのような彼女の銀髪は、誰もが羨むほど力に満ちている。 ついでに言えば、軽くうつむいていてもわかるその整った顔立ちが、より近寄りがたくさせているようだ。おそらくアンジュと同じようにこの街の出ではないのだろう。 もうひとつ気になったのは視線の出所だ。なぜか彼女は数人の傭兵からするどい視線を浴びている。 一目見てわかる自分以上の軽装もその原因のひとつだろうが、それだけではないような気がして今度は注意深く彼女を観察した。 簡素な皮の胸当てを身につけた体躯は、華奢に見えてしなやかでよく鍛錬された筋肉をまとっている。アンジュは改めて只者ではないなと思った。 「……あ」 そして気がついた。 問題は彼女の持つ剣だった。 一見ごくシンプルな、女性が持つには少し大きな剣だとしか思えない。しかしその柄にあるあの特徴は、よほど注意深く見なければ気づかないよううまく造られてはいるが、自分の目に間違いがなければ―― 剣と、それを持つ彼女により一層興味がわいた。 アンジュは話しかけてみようと思い立つ。 目を閉じて柱に寄りかかる表情をよくよく見ると少し不機嫌そうだ。それは傭兵たちの視線が原因かもしれないし、別の理由があるのかもしれない。しかし、他のもののようにこれから自分に回ってくる気まずい時間を気にかけているわけでないとなんとなく思った。 長いすに座るのをやめて彼女に近づいていく。 「次の方。ディー」 セギが誰かの名を呼んだ。 それに応えたのは銀髪の少女だった。 |
UPDATE:2005/08/07
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