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― 片桐さんと吉岡くんの物語 ―







「なっ・・・何その髪の毛!!」
片桐は現在猛烈に困惑している。
それは目の前にいるの吉岡の髪に関する二つの理由からだ。
理由1。吉岡の髪色。
理由2。吉岡の髪型。
昨日いつも通り一緒に下校し別れるその時まで、彼の髪色はイギリス人の母親譲りのハニーブラウンであり髪型は襟足の長い部分は肩に届く長さだった。
現在その二つは見る影もない。
変化1。真っ黒な髪色。
変化2。長さ3ミリの坊主頭。
片桐は我が目を疑い何度か目をこすり、瞬きを繰り返した。
けれど片桐の目に映る吉岡は先ほどから当然何の変化もない。
真っ黒い髪の毛に、3ミリの坊主頭。





「何って、切って黒くしただけ」
もともと言葉が少なく意味が伝わりにくい吉岡はいつも通りに呟く。
その様子をいつもは気にとめない片桐も今日は腹を立ててるようだ。
「そっ、そんなのは見れば分るっつーの! あたしが言ってるのはそんなことじゃなくて・・・」
「そんなことじゃなくて?」
口篭もった片桐に吉岡は聞き返す。
片桐はますます腹を立てたらしくこう言い放った。
「じっ、自分の胸に聞いてみなよ!」
吉岡は自分の胸に手を当ててみた。
当然返事はない。
吉岡は片桐の顔を見て、小さく笑う。
それを見て腹を立てた片桐は教室からベランダへ向かう。
「わかんない。返事してくれないオレの胸は」
そう呟きながら吉岡も片桐の隣に並ぶ。
「・・・ばか」
片桐は心底呆れた顔をして吉岡を見つめた。
「ひでぇ」
吉岡は片桐の呆れ顔を見て苦笑いしながらベランダから見えるグラウンドへ目を移した。
「早くやりてぇな、オレも野球」
吉岡と片桐の見つめるグラウンドでは野球部員が練習をしている。
10月の夕方の5時ともなれば、設備が行き届いているとは言いがたいこの高校の野球グラウンドは夕陽に染まり練習を続けるのが困難になってきている。
「まだ引退してたった2週間じゃない」
そう言う片桐の瞳は言葉とは裏腹にとても優しい。
「でも早くやりてぇ。今度は真っ暗なグラウンドじゃなくて、設備の行き届いたとこで」
「・・・そう」




彼らの通うこの学校は、人口30万人程度の市にある県立高校。
そして吉岡が所属していた野球部は、設備が行き届いていない小さな高校にしては上出来な県大会ベスト8の成績を上げている。
彼のポジションはショート。
バッティング力は県大会でも1、2位を争うといわれた4番バッターでもあった。
「オレ、Y大の野球部特待生のセレクション受けられることに決まったんだ」
「ふぅん」
(当ったり前じゃない。吉岡にセレクションを受けさせない大学は今後絶対見込みなし!!)
片桐の口から出る言葉は可愛くないが、心の中ではこんなに可愛いことを考えているのだ。
「片桐は進路決まったのか?」
「ううん。まだ」
夕陽が傾いてきたグラウンドは、ますます暗く視界が悪くなってきている。
けれど練習する選手たちの勢いは衰えていない。
その風景を眺めながら少しの沈黙の後、吉岡は片桐の横顔を眺めた。
2週間前まではグラウンドから、このベランダにいる片桐を見ていた。
それを今横から見ている。
(こんな顔でグラウンド見てたのか・・・。そりゃ、負けるよな)
視力が1.2の吉岡でもさすがに100メートル先のグラウンドのショートの守備位置から、この場所にいる片桐の表情を読み取ることは出来ない。
夕陽にそまる薄暗いグラウンドなら尚更だ。




二人は恋人同士ではない。
さらに理系進学クラスでH組の吉岡と文系進学クラスのB組の片桐は階も違うため、放課後まで会うこともほとんどない。
そんな二人がこんな関係になったのは2年と少し前のある日。
当時クラスメイトだった二人が偶然放課後の教室で出会ったことがきっかけ。
練習終了後、吉岡が忘れ物を取りに戻り、教室を出ようとしていた片桐と一緒になった。
同じ中学出身なのに必要以外の会話をしたことがなかった片桐に吉岡から話しかけた。
そんなキッカケが続いていることは片桐にとってとても不思議なことだったが、それは自分の念の強さが起こした奇跡では! などとも思ってもいた。
その日から授業が終了するとこの場所からひっそりとグラウンドを眺める片桐。
練習終了後にこの場所に迎えに来る吉岡。
2週間前までそれが当たり前の習慣になっていた。
野球部を吉岡が引退したことで、この習慣が変わり始めた。
あと5ヶ月したら二人は高校を卒業する。
吉岡はセレクションに合格すると電車で2時間の大きな市にあるY大に進む。
野球部の練習をしながらだと当然一人暮らしか、寮での生活になるだろう。
そうなると二人の関係はこのあやふやなまま終りを迎える。
「なぁ、片桐」
「何? 吉岡」
吉岡は視線を野球部の練習風景に戻し、呼ばれた片桐は横に顔を向ける。
「Y大・・・受けろよ」
「え?」
秋の5時の風は冷たく二人の横を通り過ぎ、目の前にある紅葉の葉を散らす。
その風に一瞬目を細めた片桐は、今度はしっかりと吉岡の横顔を見つめる。
「オレ、野球好きだ」
「何? そんなこと5年前から知ってる」
苦笑いしながら片桐は視線を元に戻す。









中学生の時、教室の窓から片桐が吉岡の練習を眺めだしてもう5年。
二人で下校するようになって2年と少しの月日が流れている。
呆れるほど野球が好きな吉岡を片桐は誰よりも知っている。
彼が髪型を変えた本当に理由にも気づいている。
その記憶と彼の意志を今の言葉を聞いて片桐は再び呼び戻していた。
自分がポロっと言ってしまった素直な言葉などに気づかずに。
「で、片桐が同じくらい好きだ」
「・・・・・・・・・・・」
一瞬言葉の意味を理解できなかった片桐はフリーズし、その後顔を吉岡に向けた。
「顔、真っ赤だ」
言葉の意味を理解し、一瞬で顔を真っ赤に染めた片桐を見て吉岡は笑う。
「かっ、からかった!?」
顔を赤く染めながらもそう言った片桐を見て、吉岡はさらに笑った。
「・・・・・よ、吉岡なんて大っ嫌い!! その変な髪型も色も大っ嫌い!! バイバイ」
今度は言葉の意味が一瞬どころか数分理解できなかったのは吉岡の方だ。
片桐が怒鳴って教室を飛び出して、しばらく経つまで一歩もその場を離れられなかった。
「何なんだ。片桐のやつ、一体何を怒ってんだ?」
そう吉岡が言葉を漏らした時には、グラウンドの横の高校の裏門に続く坂道を走っている片桐の後ろ姿が見えた。
(わけわかんねーよ。何か悪いことしたか?)
とにかくその姿を確認した瞬間、吉岡は教室から飛び出し片桐の後を追う。
頭の中が真っ白になり、それでも5分ほど早く教室を飛び出した片桐を追った。














                    *










(からかわれた、からかわれた、からかわれた・・・最低。吉岡なんて・・・大っ・・・スキ)
野球グラウンドの横の坂を走りきり、裏門を抜け50メートルほど出たところで彼女なりの全力疾走は停止した。
教室から裏門を抜けたここまで500メートルはあるだろう。
体育以外で運動をしていない片桐の限界と言ったところか。
片桐が吉岡を好きになったのは恐らく初対面の時だろう。
二人が卒業した中学校に2年生の時に転校してきた吉岡にほとんど一目惚れだった。
当時の吉岡の全てが学ランを似合わなくさせていた。
中学生の時は校内で一人だけ浮いていたハニーブラウンの髪色。
受験の妨げになると高校受験の時に担任教師に言われても、高校の野球部の監督から選手らしくないと言われても絶対に切らなかったサラサラの肩までの髪の毛。
そんな一見呆れてしまうようなポリシーも、昨日の夕方まで吉岡を形づくっていた全てが片桐は大好きなのだ。
吉岡の練習を中学の時は教室の窓から、高校に入ってからはベランダから。
当たり前だった2週間前までの日常。
欲のない片桐にとって吉岡の彼女になりたいなどと考えたことはない。
ただ吉岡の練習を見ていれれば、彼の全てを見つめていられれば良かった。
なのにさっき一瞬、「好き」という言葉に反応したことが悔しかった。
昨日の帰りに何も言われないまま、髪の毛を切ったこと、色を変えたこと、それが悲しかった。
彼女でもない自分がそんな風な反応を示したことに、嫌気がさしていた。
(バカっ・・・ばっかみたい。最低・・・あたし)
片桐は今人生最大の自己嫌悪に陥っている。
(吉岡が髪の毛切った理由だって、色を変えた理由だって本当はちゃんと知ってるんだから)
また早足で歩き出す。
恥ずかしくて、気まずくて、顔を合わせたくないのだ。
早足で歩くスピードが少しずつ速度をあげ、また全速力で走り出す。





「あ、ひでぇ。待てよ、片桐!!」
(・・・!?)
背中から吉岡の声を聞いた片桐は、振り返ることもなくただ真っ直ぐ前に猛スピードで走り出す。
「なんで走るんだよ! 待てって!」
今度は7秒のフリーズで済んだ吉岡は前を走る片桐を追いかける。
「絶対ヤダ! 待たない、知らない、大っ嫌い!!」 
もう走る力が残っていないはずの片桐は最後の意地で、そう叫びながら前に進む。
「うそつけ! オレのこと好きだろーが!」
その言葉と同時に肩を抑えられた片桐は少し抵抗した後、諦め足を止めた。
「バカ! 自意識過剰! そんな髪の男をどーしてあたしが好きなのよ!!」
吉岡に触れられている肩が熱くて、せつなくて、振り返ることが出来ない片桐は視線を足元に落としたまま精一杯強がる。
「髪? ・・・ってそんなことで嫌いになるのかよ」
「・・・しらない」
吉岡は片桐の返事に小さくため息をついてから、肩から手を離す。
(なんなのよ。自意識過剰のバカ吉岡!! ・・・肩から手、離さないでよ)
背中から気配の消え片桐の奥二重の瞳に涙が溜まる。
素直じゃない自分、素直になる自信がない自分、いつの間にか彼女になりたいと望んでいた自分、また全ての自分が心の中で戦っている。
足が一歩も動かず、顔も上げられない。






「髪はセレクションの時オレの実力だけを見てもらいたいから切って染めた。本気でやりてぇんだ、野球」
吉岡は片桐の前に立って切ったばかりの3ミリの坊主頭を恥ずかしそうに撫でながら呟くように言った。
(!? ・・・知ってる。放課後見てすぐわかってた)
消えたはずの気配が目の前に現れ一瞬戸惑った片桐だったが、吉岡の言葉に心の中でそう思った。
「・・・来いよ、Y大に」
「どーして?」
涙が溢れ出した片桐はますます視線を下に向けた。
吉岡には絶対に見られたくないのだ。
「どーして、って。そんなこともわかんねぇのか」
「わかんない」
(吉岡、またからかってる。この場所から逃げ出したいのに足が全然動かない)
片桐は戸惑っている。
いつも通り言葉が少ない吉岡の意味不明な発言のせいで、ものすごい心拍数。
からかわれている理由と吉岡の気持ち。
そんなたくさんの思いがすごいスピードで心の中を駆け巡っているからだ。
「お前がオレを好きだからだ」
「・・・・・・・・・・。」
片桐は正直呆れてものが言えなくなっている。
涙も今の一言ですっかり引いてしまった。
片桐は吉岡の横をすり抜けてまた歩き出す。
自分が悩んだこの時間は一体なんだったのか、そう思っているのがハッキリとわかる表情をしている。





「それでっ!! ・・・オレもお前が好きだから!!」
片桐はまたも吉岡の言葉に顔を真っ赤にして振り返ってしまった。
吉岡の笑い顔を見て、すぐにまた後悔した。
前を向き直り足を進めようとする。
「ちょっと待て! からかってるんじゃねーよ。 返事しろ、オレはもう2度と言わねーぞ!」
10メートル後ろから珍しく大声を出す吉岡に片桐は心の中で思考錯誤を繰り返す。
「・・・・・・・」
このまま天にも舞い上がりそうな幸福な気持ちと、吉岡の言葉が信じられない気持ち。
その二つが天秤にかかり右に左に何度も動き続ける。
あれだけこだわっていた髪型をあっさり変えた吉岡を思い出す。
野球をしている吉岡を思い出す。
気持ちが決まった。
「もう2度と言わねーって言ってるだろ!」
「あたしっ! あたしが本気になったら5ヶ月でY大の模試結果、D判定をAに出来るんだから!」
振り返って吉岡に向かって叫ぶ。
今の片桐に出来る精一杯の素直な言葉。
その可愛くないけれど素直な言葉に吉岡は苦笑いする。
(素直じゃねーな。・・・ってオレもか。オレが素直の見本を見せてやる) 
「知ってる! 片桐の意志の強さにオレも2年前から負けてるから。野球で見習わせてもらう!!」
その言葉に片桐がまた顔を真っ赤に染めた。





2年と少し前のあのキッカケの日の後。
最初の何週間か「忘れ物取りに来た」と言って練習後教室に入ってきていた吉岡。
実は吉岡は二人で帰るのが自然な習慣になるまで毎日この行動を繰り返していたのだ。









可愛くないけど意志が強い片桐さんと自信家で言葉の少ない吉岡くん。
二人の恋の物語は終わることなく続いてゆく。













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2005.04.24


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【後書】
久しぶりに短編集を更新しました。
連載中のお話をそっちのけで書いてしまいましたが、仕事などで色々ストレスをためていた私にとってかなり気分転換になりました。
私の小説のほとんどが、主人公の視点で展開していくのですが、今回は初めて第3者の視点で物語を進めてみました。
すごく描きやすい!! どうして今まで描かなかったのかが不思議なくらいです(笑)
キャラクターも私が書くストーリーには珍しいタイプの男の子&女の子を使いました。
社会人の私が憧れる少女マンガちっくな高校生の恋愛物語を目指しましたが、結果は・・・?
ちなみに吉岡くんは今まで書いた中で1番私の理想に近い人かも知れない。実は最初は天然でニブイ設定だったのですが、描き終えてみるとなぜか自信家に大変身を遂げていました(笑)。
「こんな恋の物語」は登場人物を変えてもう少し続きます。




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