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明後日からの始まる春季オープン戦から初めてスタメンとして試合に出場できることになった。
アメフトを始めて2年かかってやっと手にしたから本当に、本当に嬉しかった。
同じ学年で1年生からスタメンの選手もいたし、それがいつも羨ましかった。
ついに自分がスタメンとしてフィールドに立てる。それはオレがアメフトを始めてからずっと夢見ていた瞬間だった。
だから絶対にチームに迷惑はかけたくないし、満足の行く試合にしたかった。
そう思って練習後も自主トレに励んだし、相手チームの試合ビデオも何度も見た。
だんだん理想的なプレーが出来るようになってきて、部活中のオレはすごく満たされている感じがしてる。
けど家に帰ると・・・何か足りない。
明日の試合に必要な、最後の一つ。
それはオレにとって、すごくすご〜く大切な何か。







”プルルルルルル”
『今日も練習お疲れ様です。いよいよ明日からオープン戦だね。今まで一生懸命練習したから絶対満足の行くプレーが出来るよ、頑張ってね☆ はつみでした。』
はっちゃんからのメールで足りない何かがホンの少しだけ満たされる。
だけど試合に必要な最後の一つにはまだ足りない。
完全に満たされていない。
足りないものが何かはちゃんとわかってる。






「はっちゃんに会いたいな〜」





はっちゃんの笑顔が、オレに足りない最後の一つ。
一目だけでもその笑顔を見れたら、きっと完全に満たされるのに。
付き合い出した頃は、はっちゃんがオレの彼女っていう事実だけですご〜く嬉しかった。
その事実だけで十分満たされてしまうくらいだった。
なのに、時間が経つにつれて会えないことが辛く感じてしまったりする。
毎日でも会いたいと思ってしまう。
けど、現実は練習のために1ヶ月以上はっちゃんに会ってない。
ただでさえはっちゃんは看護学校での勉強、オレは大学の授業と部活で時間が合わなくて1ヶ月に2〜3回くらいしか会えなかったのに、今はさらに時間が合わなくなってる。
はっちゃんは本当にいい子で、会いたいとか辛いとか絶対言わない。
ただ、オレがアメフトを頑張っていることを応援してくれてる。
高校の頃、一緒にバイトしてた時から人のことを気遣ってくれて、いつも笑っててくれて、そんなところが本当に大好きだけど・・・。
ホンの少し寂しい。
練習したいけど、はっちゃんに会いたい。
そしてはっちゃんにもオレと会いたいと思ってもらいたい。
オレがはっちゃんを思うくらいに思ってほしい。
あ〜・・・いつの間にオレはこんなにワガママになっていたんだろう。




「あの!! あたし・・・やっちゃんと一緒にいたいです! これからいつも・・・」
あの時言ってくれた言葉は、あの日から何度も頭の中でリピートしてる。
嬉しかったんだよな〜・・・本当に、夢かと思うくらいに。
あの日はっちゃんに会えたことは今でも奇跡だと思う。
信じられないくらい幸せな出来事だとも思う。
だけど・・・。
はっちゃん・・・オレもいつも一緒にいたいよ〜。
本当は毎日でも、会いたいよ。
そんなこと言ったら年下のはっちゃんに笑われてしまうんだろうか?
あの時と同じように、はっちゃんはオレと一緒にいたいって思ってくれてるかな〜?

















やっちゃんはアメフトが本当に好きだ。
一緒にいる時にアメフトの話をするやっちゃんの笑顔は本当に嬉しそうで、楽しそうで、あたしまで嬉しくなってしまう。
やっちゃんが念願のスタメンになった時、電話をくれて一緒に飛び上がって喜んでしまった。
やっちゃんが一生懸命頑張ってるって知ってるし、その気持ちを応援してあげたいって本心から思ってる。
だけどワガママなあたしはやっちゃんの声が聞きたいし、何より会いたく思ってしまう。
そんなこと言うと、やっちゃんが困ると思うし、悲しい顔すると思うから言えないけど・・・。
やっちゃんの笑顔が大好きだし、そうしててほしいと思うから。
なのに心の中で少し寂しくてモヤモヤしてる。
イヤな子だな・・・あたしは。


『今日も練習お疲れ様です。いよいよ明日からオープン戦だね。今まで一生懸命練習したから絶対満足の行くプレーが出来るよ、頑張ってね☆ はつみでした。』
まだ6時だから部活中だと思うけど、モヤモヤを消したくてメールした。
だけどこの気持ちだってウソじゃない。
やっちゃんの試合に勝って喜ぶ姿が見たい。
明日1ヶ月ぶりにやっちゃんの顔が見れる。
スタンドからだから遠いし、試合だから話しも出来ないけど、それでも頑張ってるやっちゃんに会える。
だからモヤモヤはもう止めるんだ。
心からやっちゃんを応援したいから・・・。





もう7時。
気づくとだいぶ暗くなっている。
シャワーを浴びてコンビニにでも行こうかな。
お父さんはまた北海道に帰ってしまったから、別にご飯作らなくてもいいし。
早くご飯食べて、早く寝よう。
そしたら早く明日になってやっちゃんに会えから。









家から5分のコンビニはあたし達がバイトしてた店と違って、お客さんがたくさんいる。
人口が違うんだから当たり前だけど・・・。
あ、グレープフルーツのジュースがある。
懐かしいな・・・。
やっちゃんがあの頃から大好きなジュース。
このジュースを見るだけであの頃のことがたくさん蘇ってくる。
やっちゃんに2度と会えないと思ったこともあったんだ。
それが今ではやっちゃんの彼女になれた。
たくさん会うことは出来ないけど、メールや電話もできる。
やっちゃんと再会した日から奇跡が今も続いてる。
あたしだけがこんな風にやっちゃんを思ってるのかな?
やっちゃんもこの奇跡を喜んでくれてるかな?
同じだといいのに、なんてあたしはこの奇跡だけで十分幸せのはずなのに。
やっぱりイヤな子だな・・・。






”プルルルルルルルル”
玄関の鍵を開けたと同時にリビングから電話の音が聞こえてきた。
急いで靴を脱いで電話にでる。
「はい、栗山です・・・あ、お母さん? 今? コンビニ行ってたよ」
実家に暮らしていた頃は、お母さんがこんなに過保護だとは気づかなかった。
看護士の仕事も忙しかったし、近くにいるから安心だったのかな?
でも心配されるのはすごく嬉しいな。
”ピーーーンポーーーン”
「あ、ごめん。誰か来たみたい。・・・・うん、また電話するよ。・・・ありがとう、バイバイ」



「はーい!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?
「はっちゃん〜! ごめんね〜、突然。きちゃった〜」
やっちゃん・・・!?
「・・・・・・・やっちゃん」
うわわわわ・・・やっちゃんの名前を言った瞬間涙が溢れてきた。
「えっ! あ〜ごめんね〜。オレなんか変なことしちゃったかな〜」
違うよって声に出してきちんと言いたいのに、声が出ない。
頭を横に振って違うってことを現す以外に出来ない。
「ごめんね〜。驚いたかな〜? ホントにごめんね〜」
やっちゃんが困った顔をしながらあたしの髪の毛を撫でてくれる。
こんな場面、高校の頃『サクラ』でのバイト中にもあったな。
あの時もやっちゃんのこと困らせて、なのにこの温かい手が嬉しくて・・・余計涙が出た。
今も泣き止みたい気持ちと、このまま優しく撫でていてほしい気持ちが入り混じる。
「でも、会いたかったんだ〜・・・どうしてもはっちゃんに会いたくてさ〜。ごめんね〜」
あたしが泣いてやっちゃんが困って謝ってくれる場面は同じでも、あの時と決定的に違うことがある。
やっちゃんがあたしを抱きしめてくれていることと、あたしが自分の涙の意味を知ってること。
そう・・・あたし達は高校生の頃とは違う。
あたしは自分の気持ち、きちんと言えるんだ。
「やっちゃん・・・あたしも会いたかった。やっちゃんに、すごくすごく会いたかったよー」
自分の気持ちを言ったとたんに涙がまた溢れる。
やっちゃんが同じ気持ちだって分かって嬉しくて、幸せで涙が溢れる。
あたしもやっちゃんの背中に腕を回す。
あの頃には考えられないようなことが、今は現実としてここにある。
すごくすごく幸せな時間がここにはある。




「良かった〜。はっちゃんもオレと同じ気持ちで〜」
やっちゃんは抱きしめていた腕を緩めて、あたしの目に溜まった涙を拭いてくれる。
その顔は困ったような嬉しいような、複雑な顔。
あたしはそんな顔が嬉しくて、思わず笑ってしまう。
「あれ〜? なんで笑うの〜? ここ笑う場面じゃないよ〜」
やっちゃんも笑う。
やっちゃんと会えなくて、寂しくて、モヤモヤしてた気持ちがスッキリする。
それどころか、100%の満足を突き抜けて200%の幸福感に満たされる。
もう1度やっちゃんをぎゅっと抱きしめる。
やっちゃんの温かさと心臓の音がすごく心地よくて安心できて、幸せになれる。
「あたし、やっちゃんが大好きだよ」
やっちゃんの反応が見たくて、顔を上げて言った。
あたしの言葉にやっちゃんは一瞬驚いた顔をして、その後少し恥ずかしそうに笑った。
「これでオレ、明日は頑張れるよ〜。ずっとこれが足りなかったんだ〜」
「え・・・?」
なんのことを言ってるんだろう?
やっちゃん、すごく嬉しそうな顔してる。
「あ〜! ・・・オレもう帰らないと〜」
腕時計を見て、やっちゃんが慌ててる。
そっか・・・やっちゃん明日早いんだもんな。
マンションの出口まで送るためにエレベーターに乗り込む。
やっちゃんが繋いでくれた手が温かくて幸せな気持ちになる。
やっちゃんと一緒に出来ることは楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことしかない。
だからあっという間に時間が過ぎてしまう。
一人でいる1時間がやっちゃんといると1分の速さで過ぎてしまう。
いつもはゆっくりのエレベーターがもう1階に着いてしまった。
やっちゃんと繋いでいた手が離れる。
「今日はありがとう、嬉しかったよ。気をつけて帰ってね」
離れた手でやっちゃんに手を振る。
すごく寂しいし、きっとすぐ声が聞きたくなるし、会いたくなる。
でもやっちゃんが目の前で笑ってくれるから・・・あたしに会いに来てくれるから。
今の気持ちを思い出してまた1ヶ月会えなくても頑張るし、やっちゃんを心から応援できる。
「はっちゃん〜」
あたしがやっちゃんに向けて振っていた手をぐっとつかまれて、気づくとやっちゃんの顔がすぐ近くになった。
・・・・・・・・!?
優しくあたしの唇に触れたやっちゃんの唇が離れる。
「明日の試合、必ず勝つから〜! 期待してて〜!」
やっちゃんは自分からキスしたのに、恥ずかしそうにあたしから離れて手を振ってる。
やっちゃんとの初めてのキスじゃないのに、どうしてこんなに嬉しいのかな。ドキドキするのかな?
「うん! 期待してるよー!!」
あたしもきっとやっちゃんと同じくらい照れた顔してる。
でもこれは大好きなやっちゃんとのキスだから。
大好きなやっちゃんと一緒に、これからもいたい。
ずっとずっと・・・・これからもいつも一緒に。







 

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Update:11.21.2004

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