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動け、足。
どうして、あたしここで立ち止まっているの。
だんだん遠ざかっているのに何もしなくていいの?
このままでいいの?
もう、このまま会えなくていいの?


よくない、よくないよ。
わかってる、わかっているのに。
足が動かないよ。
体が震えて、唇が震えて、目が震えてる。





大好き、大好きだよ。



でも、怖いよ。やっちゃん。


















―――― 1年前  やっちゃんと出会って6度目の春。







「今日も無事終わったね、お疲れさま」
「お疲れさまです。お先に失礼します」
疲れたーーーーーーーー!!
はぁ・・・夜勤明けって家に帰るのさえもおっくうに感じてしまうなぁ。
うわぁ。
なんだかこの朝の光さえも目に痛い。





考えていたよりもっとずっとずーーーっと看護士の仕事は辛い。
看護学校を卒業して、この病院で働き初めてもうすぐ丸1ヶ月になる。
先輩の椎名さんに付いて現在研修中。
病院って言うのは本当に不思議な空間だ。
年齢、職業とかそういう色々なものが関係なく同じ空間にいる。
だから当然色々な人がいる。
仕事が大変なのはもちろんだけど、色々な人の中にいて、たくさんの言葉を毎日聞いていると本当に辛いと感じることがある。
椎名さんはいずれ慣れるって言ってくれたけど・・・。
それに患者さんからすればあたしは看護士で、当然それに見合った能力を求められてる。
何もかも社会人なら当たり前なのだろうけど、まだまだ現実に慣れていない。
心の中で言い訳とそれじゃダメって気持ちがごちゃ混ぜになって、毎日それに追いかけられているみたい。
「だめだめっ!」
自分で決めて選んで頑張ってきた道だもん、弱音ばっかり吐くのはやめよう!
今日は久しぶりにやっちゃんに会えるんだもん。
早く帰ってゆっくり眠ろう。
こんな顔でやっちゃんに会ったら嫌われちゃうかもしれないし・・・。






「ただいまー。疲れたよー」
一緒に暮らしていたお父さんは半年前に転勤で北海道に戻った。
「お帰り。・・・なんかすげぇ疲れてるな」
今は3つ下で今年からこの街にある大学の学生になった弟の雅貴(まさき)と一緒に暮らしている。
雅貴の一人暮らしをお母さんが心配したから暮らすことになったのだけど、帰って来た時に誰かがいるのはほっとするんだなって思う。
「はつみも食う?」
朝ご飯らしきトーストを頬張りながら、雅貴がちょっと心配そうな顔で言う。
たまに、いや結構憎たらしいけど、心配してくれるとすごく可愛い弟に見える。
「食べるー」
ソファーに寝そべったまま雅貴に見えるように手を振る。
あーダメだ。疲れてるなぁ。
何だか睡魔が襲ってくる。
雅貴の可愛くない顔を見てちょっと安心したからかも。




「おい、はつみ。食わないともたないだろ」
「へ? あ、あたし寝てた?」
どうやらこの数分間ソファーでうつ伏せで寝ていたみたい。
「ほら、オレもう大学行くからさっさと食ってさっさと寝ろ」
「偉そう・・・でもありがとう」
お皿ごと焼いたトーストを受け取る。
少し焦げているのが雅貴っぽい。
「いただきます」
案の定、少し苦い。
けど美味しいやーーー。
あ、こんな時間だ!
早くシャワー浴びて、寝よう。
2週間ぶりにやっちゃんに会える。
やっちゃんの前でこんな疲れてる顔見せたら心配かけちゃうよね。
ちょっとだけ休憩して、寝よう。










「久しぶり〜。元気にしてた?」
「うん、元気だよぉ! ほら、こーーーんなに」
久しぶりのやっちゃんの笑顔に大げさに手を広げて応える。
「そっかぁ〜。良かった〜」
「・・・何が?」
どうしてだろう、すごく胸がドキドキする。
寝不足で疲れてるからかな?
「これからあんまり会えないんだ〜」
「どうして? 仕事忙しいの?」
あたしの言葉にやっちゃんはすごく嬉しそうな笑顔になる。
「だって綺麗な女優とかモデルのマネージャーしてるんだよ〜。はっちゃんといるより、そっちといる方がず〜〜っと楽しいでしょ〜?」
「どうして? どうしてそんなこと言うの」
苦しいよ、息ができないよ。
悲しいよ、足が一歩も動かないよ。
「我ままな人オレ嫌いなんだ」
あたし、我まま何か言った?
声が出ない。あたし、我まま何て言わないよ。
必死で首を横に振る。
けどやっちゃんは相変わらず笑顔でこっちを見てる。
いつもの優しい笑顔じゃない笑顔で。
「うそつき」
え・・・?
「本当は我ままたくさん言いたいんだ。はっちゃんは」
そんなことない! あたしはやっちゃんと一緒にいられたら、それだけで幸せなんだから。
「本当にそれだけで幸せって言える? これからずっと?」
やっちゃんはあたしの心の中が見えるみたいに的確に返事を言う。
あたしは必死で今度は首を縦に振る。
急に目の前が真っ暗になる。変わりに今度はすぐ傍から機械音が響く。
どこ?
やっちゃん、どこにいるの?
あたし何も言ってないよ。
一緒にいられたら十分だよ、本当に本当だよ。








「オレ、うそつきは嫌いなんだ。――― バイバイ」











真っ暗・・・?
「あ、あれ?」
ここは・・・あたしのベッドだ。
何か苦しいと思ったら枕にうつ伏せで寝てたんだ。
夢・・・あれ、何かすごく悲しい夢を見たような気がする。 
けど、どんな夢だったかな?
散々うなされた気がするのに、忘れちゃった。
そんなことより、いつの間にベッドに入ったんだろう?
確かソファーで休憩して・・・その後は、覚えてない。
い、今・・・6時!?
やっちゃんが迎えに来る時間まで後30分!
ど、どうしよう。
とにかく、電話しないと。
あ!! あたしお化粧落としてないーー!
何からどう行動すればいいのか、全然わからなくて動けない。



「あ、起こしちゃった〜? 電話鳴っちゃって、慌ててリビングに行ったんだけど〜ごめんね〜」
・・・!?
「・・・え?」
声の聞こえた部屋のドアの方向へ目をやるとあたしを見るやっちゃんの顔。
やっちゃんの・・・顔?!
「ど、どうして?」
「今日天気の都合で担当の子の仕事が急に延期になったんだ〜。だからそのまま真っ直ぐきちゃた〜」
スーツ姿のやっちゃん。
何だかすごくかっこいいけど、遠くの人みたい。
「それで入り口で雅貴くんに会ったから上げてもらったんだ〜」
新入社員だもん、当たり前だよね。
あたしも同時に社会人になったのに、なんでかな。
やっちゃんの方がぐっと大人に見える。
「そしたらソファーで寝てるから、ベッドに移動させたんだ〜。疲れてるんだね〜」
「えぇ! やっちゃんが運んでくれたの?!」
最近体重測ってないけど、おかしい生活してるし太ってるよー、絶対!!
やっちゃん笑顔で頷いてる。
あぁ、こんなことならダイエットしておけばよかったよー。
「はっちゃん〜? まだ眠いでしょ〜、寝ててもいいよ〜」
「ううん! ビックリしてすっかり目が覚めたよ」
目が覚めた・・・。
寝てた・・・。
あっ!! 忘れてた!
あたし、顔ぐちゃぐちゃだぁー!


「あ、あたし急いで用意するね。もう少し待ってて」
急いで脱衣所に飛び込む。
これ以上この顔をやっちゃんに見せるわけにはいかない。
だって、2週間ぶりに見た彼女の顔が剥げてボロボロなんて情けないし。
・・・2週間ぶり、なんだなぁ。
ぐちゃぐちゃのお化粧をきちんと落とすと、やっとほっと出来た。
お仕事からこれで解放される。
やっちゃんにきちんとした「栗山はつみ」で会える。
管理できてない体と顔をやっちゃんに見せてしまった・・・。
落ち込むなぁ。
イヤになったりしてないかな?
就職した先が芸能事務所なんだから、キレイな人きっと毎日見てる。
どう思ったかな?
やっちゃんに、嫌われたくない。
3年前の奇跡を継続させたい。
・・・6年経ってもどんどん好きになる。
どうして一定の気持ちにならないのかな。
上がっていくばっかり。
不思議なくらいやっちゃんがいつもいつも1番。













―――――――― やっちゃんと出会って6度目の夏。







「だからこの人と同じ部屋はイヤなんだってば!」
「そんなこと言わないで下さい。お願いします」
入院している患者さんが病室を代わりたいと言うのは、そんなにめずらしいことじゃない。
最初こそ驚いたけれど、最近はだんだん耳にタコみたいになってきてしまった。
特にこの皆川さんの場合は、もう3度目だ。
「あんたはわかんないだろうけど、こっちは夜な夜なこの人の寝言とかで迷惑してるの!! ここじゃ治るものも治らなくなるわよ」
「笹川さんには痛み止めを飲んで頂いてるので、昨日は静かだったって他の方は言っていましたよ」
今までは新人でどう対処していいかわからなかったから、椎名さんに相談にのってもらったりしていたけど、そろそろ自分でなんとか出来ないといけない。
もう4ヵ月近く経つし、しっかりしないと。
「じゃあ、あんたがここで寝てみなさいよ! わからないからそんこと言えるんでしょ!?」
”ガシャーーン!!”
興奮した皆川さんがベッドから起きようとして、近くにあったマグガップが倒れた。
「あっつい!!」
「大丈夫ですか? 今、氷を持って来ます」








「あんたのせいで火傷しちゃったじゃないの!! どーしてくれんのよ!」
「え・・・。あの」
氷をもって戻るといきなり皆川さんの怒鳴り声が響いた。
あたしの、せい?
皆川さんが自分で倒してしまったとわかっているのに、言えない。
「部屋、ちゃんと代えてよね。じゃないと責任とってもらうわよ」
責任、っていう言葉にますます言葉が出なくなる。
どうしよう、こんなことになるなら初めから椎名さんに相談すればよかった。
「皆川さん、申し訳ありませんでした。けれどお部屋の方は移動できません」
「・・・椎名さん」
さっきのちょっとした騒ぎで心配して来てくれたんだ。
「どうしてよ! この子のせいで火傷までしたのよ!」
「それは本当に申し訳ありません。けれど、お部屋はいっぱいですし他にも患者さんはたくさんいらっしゃいます。皆川さんもあと2週間ほどで退院できますし、ご容赦願えたらと思います」
椎名さんに続いて、軽く頭を下げてあたしも病室を後にする。
「あ、あのすみません」
横に並ぶ椎名さんに小声で告げる。
「栗山さん、一生懸命なのはわかる。けど、自分の限界以上のことをしようとすると余計に時間がかかるのよ。この仕事、あんまり無駄な時間はないんだからね」
「はい、すみません」
厳しい言葉。
だけど当たり前の言葉だ。
あたし全然わかってない。
結局迷惑をかけるのだから、仕事を増やす前にきちんと対処しないとダメだ。
臨機応変にどうして出来ないのかな。
すごく悔しい、悲しい。








今日は7時にやっちゃんと約束してる。
この胸の濁った嫌な気持ちもやっちゃんの顔と笑顔を見て、洗い流したい。
・・・でもやっちゃんも疲れてるんだ。
最近アメフト部の時からのお友達の親戚をスカウトしてるようなこと言ってた。
それ以外にも今担当してる人だっている。
自分の気持ち言ったら迷惑になっちゃう。
どうしよう、会ったらやっちゃんの前でこんな顔見せることになる。
会いたいのに、会ったら嫌われるんじゃないかって不安になる。
矛盾してるけど、けど・・・。




あれ?! 今のバスあたしの乗りたいバスじゃ・・・。
ぼーっとしてた。
何だか、病院を出た時より少し暗い気がする。
バス何本見送ってたのかな。
今何時だろう。
えっと、って時計白衣のポケットに入れたままだ。
ケータイの画面で確認するためにカバンから出す。
メールが受信されているマークと着信アリの文字が画面出てる。
『仕事お疲れ。電話したけど出れないみたいだからメールしたよ。
仕事が押してて、今日は深夜になりそうなんだ。本当にごめんね。メールでごめんね!! 泰広』
着信もやっちゃんだった。
『お仕事お疲れ様。了解したよ☆ 遅くまで大変だと思うけど頑張って下さい。はつみ』
メール打ちながらほっとしてる自分がいる。
学生の頃は会えないって言われたらすごく辛かった。
辛かったのに・・・今は?







ただ素直に再会できた喜びや、側にいられる幸せを実感できていた学生の時。
あの時に戻りたいな・・・。







夕方の帰宅するサラリーマンでごった返す電車の駅。
引っ越してきたばかりの頃はすごく騒がしく聞こえたのに、今は何も感じない。
「いつもそこにあるもの」にいつの間になっていたんだなぁ。
「栗山? おー、やっぱり栗山だ!」
・・・?
看護学校時代の友達か、病院の人くらいしか知り合いのいないこの街で誰かに声をかけられるのは、3年前にやっちゃんに再会した時以来だ。
考え事していて俯いていた顔をゆっくり上げる。
「え? ・・・ジョージ?」
「久しぶりだなー、ジョージってあだ名。元気か?」
ビックリしすぎて声が出ない。
小学校から高校までずっと一緒だったジョージだ。
本名は所浩介。苗字が所っていう理由だけで小学生の頃からジョージっていうあだ名・・・。
「何してるの?」
やっと言葉が出たけど、・・・思い出した。
そういえばジョージもこの街の大学に進学したんだ。
卒業してから1度も会ってないから、すっかり忘れてた。
「この格好で遊んでると思うか? 就職活動の帰りだよ」
スーツで短い髪の毛、リクルートスーツの姿はいかにも就職活動中の大学生だ。
それにしても、学ラン姿を見たのが最後だから、すごく不思議。
思わず笑ってしまう。
「なに笑ってんだよ、落ち込むなー」
「ごめん、だってあまりにも年月が経っているから、浦島太郎みたいな気分で」
ジョージとは特別仲が良かったわけじゃない。
ずっと普通に同級生だっただけ。
けど、小学生から知っているジョージがいきなりスーツ姿で目の前に現れると、なんだか近所のおばさんみたいな気分になってしまった。
「栗山は変わってねーな」
視線があたしとそんなに変わらない。
たぶん165センチくらいかなぁ。
やっちゃんとの会話は見上げてだから、なんだか不思議。
「ジョージも全然変わらないね」
相変わらずの短い髪の毛に、日に焼けた肌。
サッカー少年の名残がたくさん残ってる。
「まだサッカー続けてるの?」
「おぉ、続けてるぞ。明後日の日曜日は大会だ」
嬉しそうに笑うジョージの顔はなんだかずごく眩しいな。
アメフトの話をしていた去年までのやっちゃんみたい。
一気に高校生に戻ったみたいに話が弾む。
当時は別になんの気にも留めなかった言葉たちが、すごく温かく感じる。
「頑張ってるんだね」
「それだけが取り柄だからな」
相変わらずの八重歯。
身長が低いこともあるけど、この八重歯が子供の頃からずっと幼く見える原因だった。
「栗山は看護学校だっけ? どうだ、頑張ってるか?」
「ううん、今年の3月に卒業したんだ。今は看護士だよ」
口に出すまで不思議とすっかり忘れていた。
さっきまでの矛盾した気持ち、仕事のミス。自分が社会人ってこと。
「あ、もうメシ食った? まだならどっかで食っていかないか?」
「嬉しい! すっごくお腹減っていたんだ」
食欲がなかったのがウソみたい。
ジョージの顔を見ていたらさっきまでの悩みなんて、どうでもよく思える。
「よし、じゃー質より量の美味い店があるんだ。貧乏学生御用達だ、そこへ案内してやろう」
「あははは、怖いけどちょっと楽しみ」
「おう、心して食えよ」
やっちゃんと会うのは嬉しい。
嬉しいけど、嫌われたくなくて辛い。
やっちゃんが大好き。ずっと一緒にいたい。
だけど、濁った感情を見られるのはイヤ。
今、ジョージといるのはすごく楽。
楽しい、安心できる。
丸々3年会ってなかったのに、どうしてだろう。
この信じられない偶然を嬉しく思ってるのはどうしてかな?
また矛盾。
好きな人より、久しぶりの同級生の方がどうして楽なのかな。
・・・だけど、1つだけ思い出した。
ジョージの前にいる今のあたしが本当の「栗山はつみ」ってことを。









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