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「愁哉、また健志朗つぶしたな」
錬さん、オレ潰れてないっすよー。
ただ声が出ないんです、眠くて。
「仕方ねーな。オレ背負ってく。なんか慰められたみたいだし」
本気で言ったんすよ、愁哉さん。
慰めなんかじゃないっすよー。
オレ・・・本当に思ったんっす、あの時、あの場所で。
「うわ、酒くせーーな」
すんません、言い訳みたいですけど何年経っても夢みたいなんすよ。愁哉さんとアメフトやれるのが。
あの時、美並山学園のグラウンドで愁哉さんを見て、オレの人生の足りないもの見つけたんです。
あー、心地いいな。
やっぱりすげーな、愁哉さん。



















「鈴生! お前野球で美並山学園に決まったんだって?! すっげぇなー」
「まだ、決まったわけじゃねーよ。ただ見に来いって言われただけで」
一応謙遜してみたけど、間違えない。
自分で言うのもなんだけど、オレは結構すごい選手だ。
中学の3年間エースで4番だし、身体は中学生の平均的なもんだけどいわゆる『良い肩』らしい。
去年の中体連の野球大会では全道大会で優勝し、全国大会まで出場した。
ただし全国ではベスト16だったけど。
今年も全国大会へのキップを手にした。
その結果、日本でも有数の美並山学園という有名進学校から学校見学に来ませんか〜、という申し出があったわけだ。
野球部の監督、佐久間には、このまま続けていけば日本のプロ野球は夢じゃないとまで言われた。
つまり野球の神さまはオレに運と才能の両方を与えてくれている。
「もちろん、行くんだろ? いーな、これで甲子園もプロも夢の世界じゃなくなったんだなー」
同級生で同じチームの仲川は自分のことのように喜んでくれている。
「まぁ、向こうが来てくれっていうなら断る理由もねーからな」
「うわ、お前かわいくないやつだなー。マジで羨ましいよ」
仲川は心底羨ましそうに、そして嬉しそうにオレの首を後ろから絞める。
「仲川! くるしーっつーの」
冗談なのだから、苦しくはないがオレも大声で大げさに言う。
そう、断る理由はないんだ。
オレには運も才能もある。
野球の神さまはオレに野球をやれ、と言っているんだ。
例え始めた理由が通っていた小学校の少年野球チームが、男子強制参加のせいだったからだとしても。
続けていた理由が、小学時代の噂を聞いた佐久間がほぼ強制的に入部届を書かせたせいだとしても。
野球は好きだ。
運と才能のおかげでベンチを暖めていたことなど、小学生の時から1度もないし、目立つピッチャーというポジションで女子からはもてるし。
このままこれが尽きないのなら、プロとして食っていくこともできる。
周りの言葉のせいかもしれないけど、オレの今の夢であることは間違いない。
だけど、何かが。よくわかんねーけど何かが自分の中にシコリのようにある。
よくわからない真っ白な何か。
これは何だ?
















最後の中体連も終わった。
結果は去年と変わらずベスト16。オレ達に勝ったチームは全国大会を制覇していた。
北海道はすっかり葉が落ちて冬の準備を始める10月の終わりだ。
授業の後、外でサッカーなどをしてくれる友人はいない。
まぁ、中体連が終わって受験まであと5ヶ月を切ってるんだから当然か。
オレは美並山学園から正式な申し出を受け、明日から佐久間と見学に行くことになった。
名門校によくあるスポーツ推薦ってやつだ。
つまり、受験は面接だけという形だけのもので、卒業後すぐに野球部に参加する。どうやら入学金は免除らしい。
ただし、美並山学園は文武両道である程度の成績もないとダメだ。
オレはここでも神様に恵まれているらしく、たいした努力もしていないのに学年トップの成績だ。
だから、見学というよりは春から自分が通う学校の下見に近い。
なぜかその下見には佐久間が着いて来てくれるらしく、授業を受けないのに公欠扱いになる。
このペースで行くとオレは皆勤賞だ。
つくづくほとんど全ての神様はオレに味方なんだなーと感じる。





「健志朗、本当に美並山学園に行っちゃうの?」
「たぶん」
引退してから一緒に帰ることが習慣になった彼女の聡美は、昨日も一昨日も同じ事を聞いてくる。
そして今日もか・・・?
「あたしがいなくなっても寂しくないの?」
はーーー。
思わずため息をついてしまう。
なんだかもうパターンが読めてきて、一緒にいても楽しくない。
それにオレもなんて言って良いかわかんないし。
寂しくない?と言われた最初の日は何となく「寂しい」とか言ったけど、いいかげん「どーでもいい」って返事をしたくなる。
さすがに言えないけど。
いや、もーそろそろ言っても良いかなぁ。
正直言ってもう好きとかそういうんじゃない気がするし。
そもそも好きってなんだ、とかこの状況で考えれちゃうし。
あーめんどくせー。
「健志朗・・・? 怒った?」
「別にー」
別にどうでもいいし。
「ごめんね! だって健志朗そんなに美並山学園に行きたそうに見えなかったから」
・・・・・・・。
そうか、そんな風に見えるのか。
なんでだろう。
高校野球部なら誰もが憧れる甲子園に近づくのに。
少年時代誰が1度は憧れるプロ野球選手へ繋がる道なのに。
なんか、『白』い。
こう・・・あーーー自分で何が言いたいのかわからねーし。
わかんねーなら、当然の道に進むまでだ!
「そんなことねーよ。オレは美並山学園で野球やるんだ。楽しみにしてろよ」
誰かに言われたとか、決められた道とか、そんなカッコ悪い言い訳なんてしたくねーし。
オレはプロ野球選手になるのが夢なんだ!!
そう、それに決めた、決まり!











だいたい『白』ってなんだよ。
オレは芸術家か?












「鈴生健志朗です。今日はよろしくお願いします」
美並山学園高等部の野球部の監督と顧問のセンセーは二人並んでオレを職員室に向かい入れる。
監督はオレのオヤジより年上っぽくて、顧問のセンセーはまだ30歳前だろう。
「よく遠くから来てくれたな。北海道はもう寒いのかな?」
顧問は金沢センセーという名前らしい。
まずは世間話から入って、ここの野球部の設備とか寮の話とかをしてくれている。
さすが名門だけあって、今の中学校とは全く比べようもない設備や、環境を整えている。
プロの選手が何人も生まれているのが納得できる。
しかも運動部ごとに寮があるらしい。
門を通った時でっけーな、と思ったけどさすがに納得できる。
「申し訳ないのですが、この後私は会議があるので失礼します。金沢先生お願いしますね」
監督はあんまり話をしないまま、廊下の奥へと消えていく。
オレの何倍も熱心に話を聞いていた佐久間は金沢センセーと色々と話し込んでいる。
オレはその二人の少し後ろを歩いていく。
きっとこのままここに入学すれば、オレの将来は約束される。
神さまはオレにそうしろ、って言ってるんだ。






「あれは・・・アメフトですか?」
前を歩く佐久間が物珍しそうに横のグラウンドを眺めている。
横のグラウンドは今歩いている道から少し低い所にあって、かなり整備が行き届いている感じがする。
ざわざわしているので、試合か何かをしているのかもしれない。
「そうですよ。ユニフォームが大学と高校のなので、練習試合でもしてるんじゃないですかね」
金沢センセーが逆行に目を細めている。
正直全くルールも知らね―し、見たこともない。
二人が足を止めたから、オレも同じにしただけで普通なら素通りだろう。
仕方ない、二人に付き合ってよくわからんスポーツ観戦でもしよう。
まぁ、オレはスポーツは観戦するよりやるのが好きだからすぐ飽きるだろーな。
赤いユニフォームの選手が円陣みたいなのを組んで、何やら話している。
野球のタイムみたいなもんか?
白のユニフォームの選手達はバラバラになっている。
これは何の時間だろう。
すでにちょっと飽きてきた。
やっと金沢センセーと佐久間が歩き出してくれたので、オレも続く。







「セットーーーーーーーー!! ダーーンハッハッ」
・・・何だ?
初めて聞く言葉に思わず視線をグランドに戻す。
さっきまで円陣を組んでいた赤いユニフォームの選手達が一斉に動き出した。
なんだ、これ。
白いユニフォームのやつらに、赤のユニフォームが突っ込んでいく。
その横からすごいスピードの赤が真っ直ぐ前に進んでいく。
うわ、あいつめちゃくちゃ走るの速い・・・。
88番って番号付けてる。
アメフトって88人も試合に出てんのかな?
・・・・・・うわぁ、すげぇ。
このフィールドで動いている赤と白の選手たちがどういう意味を持って動いてるかなんて全くわかんねー。
それにどっちが今優勢なのかもよくわからん。
けど・・・心臓がバクバク言ってる。
赤の11番のユニフォームを着たやつの手からボールが離れる。
ボールが回転しながらまっすぐに88番を目指して飛んでいる。
すごいスピードなのに、なんでだ? スローモーションに見える。
目が離せない。
すごいことが起きる予感がする。
あぁ、わかった。あのボール・・・きっと88番にキャッチしてほしいんだ。
馬鹿げてるけど、きっとそうだ。
吸い込まれるように、手の中に入っていく。
”パシッ”
ボールをキャッチした選手はさらに加速して真っ直ぐに走る。
佐久間が何か言っているのが微かに聞こえる。
うるせーな、今いいとこなんだよ。




”ピーーーーーーーーーー”
笛の音が鳴っている。
88番が笑ってる。
すげー嬉しそうに笑ってる。
オレの胸の中に熱い何かが広がっていく。
なんだ、これ?
初めてだ、こんなの。
全身に鳥肌が立つ。
真っ白に新しく何かが生れた、そんな感覚。
あ・・・そっか、わかった。
オレの中の白、言葉にできなかったもの。










これだ。
この赤色・・・これが足りなかったんだ。
胸が熱くなって、苦しくなって鳥肌が立つような興奮の『赤』。これが・・・足りなかったんだ。











「・・・い、おい、鈴生! 聞こえているのか?」
「すみません、オレ野球辞めます」
オレは真っ直ぐに二人を見つめて言う。
迷いがないから、目も泳がない。
今すごく清々しい、最高に気持ちいい。
「な、何言ってんだ?」
佐久間が驚いて目を見開いてる。
そりゃそーだ。
推薦で美並山学園に入ったやつはオレの中学にはいねーしな。
けどこの体の震え、鳥肌、これはやらないと後悔する。
「来年から美並山学園でアレやります。だから生徒としてお世話になることもあるかもしれません」
左手でグラウンドを指しながらオレはきっぱりと言う。
その行動に隣で佐久間が何か言ってる。
けど、オレは誰のためでもない。オレのためにアメリカンフットボールをやる。
野球の神様はオレに運も才能も与えてくれた。
けど、野球の中にオレの『赤』を与えるのを忘れていたらしい。
「後悔しないのか? 鈴生くんほどの実力なら将来に渡ってやることだって出来るかもしれない」
金沢センセーが真剣な目でオレを睨む。
けど、佐久間とは違う。
きっとオレの気持ちに気づいてる、そんな目だ。
「はい、しません」
野球は好きだ。
だけど、オレが探していたものを見つけてしまった。
「ちなみに言うけどうちの学校偏差値高いよ。一般入試だと今からじゃ間に合わないかも」
オレの言葉に少しだけ残念な目をしたけど、その後はからかうように金沢センセーは言った。
「大丈夫っすよ、オレ頭もいーんで」
オレの当然のようにハッキリ言った言葉に一瞬苦笑した金沢センセーはその後、本気で笑った。



















「あの中澤さん! オレ、中澤さんに憧れてアメフト部に入りました! よろしくお願いします!!」







オレの真っ白に描いた『赤』。
これからアメフトの神様も味方につけなきゃダメだ。
運と才能はもちろん、まだ『白』と『赤』しかないパレットにたくさんの色をのせて、すっげー人生を描いてやる!!






















「愁哉、健志朗なんか言ってないか?」
「さっきからずっとぶつぶつ言ってるよ。オイ、健志朗落ちるぞ」
落ちないっすよー。
めずらしく本気で勉強したんっすよ、88番と一緒に試合したくて。
合格したんで大丈夫です。
けど。
「愁哉さ・・・」
愁哉さん、すんません。
オレ、まだまだ未熟でスタメンになれないんすよ。
アメフトの神様は中々オレを認めてくれてないみたいで。
「愁哉のこと呼んでるみたいだけど」
けどオレ、必ず最高のQBになりますから。
「何だ? 具合悪いか?」
愁哉さんに最高のパス投げれるように。
「優勝、しましょーね。オレの・・・パスで」











終り



※アーティチョーク〜愁哉と彩の場合〜の2話の最後のシーンからの続きです。
よろしければ、どうぞ。

 

 

 


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