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「え〜福嶋泰広です。・・・・・よろしくお願いします」




看護学校の友達、文(あや)から強引に誘われた合コン。
最初は文がずっと憧れていた人をあたしにお披露目してくれるとかで、仕方なくOKしたものだった。
けど、その相手が美並山学園の人だと知ってほんの少し希望を持った。
ずっと「もう1度会いたい」、そう願っていた人が通う大学だったから・・・。
その希望は合コンの相手がアメリカンフットボール部の人だと知って、さらに小さなものになった。
この広い街であたしが探しているたった一人の人に会えるのは奇跡だと思う。
会えるはずなんてない、そう思う。
だけど願わずにはいられなかった。
どうしても会いたくて、会いたくて・・・。







ほんの少しの希望が少しでも長く、現実になると思いたくてずっと俯いていた。
今自己紹介した人はあたしの待ち望んでいたやっちゃん?
それとも同姓同名の別人?
顔を上げた時、斜め前にいるこの人がやっちゃんであってほしい。




やっちゃんに・・・もう一度会いたい。




ゆっくり、ゆっくり、顔を上げた。


ずっと願っていたことが叶うように・・・。














高校1年生。6月。


「福嶋くん遅いわねー! もう5時過ぎたって言うのに・・・」
私の横に立っている店長の奥さんは、時計を見ながら少しイライラした様子だ。
今の時刻は5時10分を過ぎたところ。
あたしは家のすぐ裏にある徒歩2分のコンビニ『サクラ』で今年の4月から5時〜10時までのバイトを始めた。
その時間帯のバイトは『サクラ』では二人体制になっている。
福嶋くんというのは今日のもう1人のバイトの人で、あたしの1つ上の高校2年生。
あたしが『サクラ』でバイトを始める半年前から働いているらしい。
同じ店で2ヶ月も一緒にバイトしてるのに、実際に会うのは今日が始めて。
になるはずなんだけど・・・外を覗いてもまだ到着する気配はない。
時間にルーズな人なのかなぁ?
外は3日間続いているザーザー降りの雨。
北海道に梅雨はないはずなのに・・・。





「あっ! 来た来た・・・」
奥さんはホッとため息をつきながらそう言った。
あの人が福嶋くんなんだ・・・。
雨が店のガラスに当たってて顔がよく見えないや。


彼の名前はシフト表に出てるからもちろん知ってた。
その名前を見てあたしはなんだかワクワクしていた。
『サクラ』の制服?はエプロン。
そのエプロンを掛けるために事務所にあるハンガーは、従業員10人に対してなぜが5個。
だから2人で1つのハンガーを使う。
福嶋くんはあたしと同じハンガーを使っている。
たったそれだけの理由なのになぜだが会ってみたくなった。
だからシフトを見てから今日という日が待ち遠しかった。




雨の中傘を差して自転車を猛スピードでこいでこっちに来る。
福嶋くんは高校でラグビー部に入っているらしく、練習のない水・金・日の週3回シフトに入っている。
帰宅部のあたしは特に予定もないので、月・火・木・土の週に4回バイトに来ている。
今まで一緒になることがなかったのはフリータの人が、他のバイトとの関係で福嶋くんと同じ曜日にしかシフトに入れなかったから。
その人が急にバイトを辞めてしまったので特にこだわりのないあたしが、月・火・水・日に移動し週2日同じ曜日になることになったのだ。




”ガシャーーン!!”
ものすごい音に驚いて、あたしと奥さんは外を覗いた。
・・・えーーーー!!
店の駐車場の水溜りで滑ったらしく思いっきり転んでいる!!
大丈夫かなぁ?


!?
あっ・・・。
その様子を店からじっと見ていたから福嶋くんと目が合ってしまった。
どうしよう!!
ずっと様子を眺めてたと思われるかな?
変な子だと思われたかな?
不安だぁ・・・。




福嶋くんはなぜか満面の笑みを浮かべて店に入っていた。
「大丈夫なの?」
さっきまでイライラしていた奥さんも、転んでびしょ濡れのまま入って来た福嶋くんを心配してる。
「大丈夫ですよ〜! すいません遅刻して〜」
福嶋くんはそう言ってまた笑顔を見せた。


「え〜っと・・・栗山はつみちゃんだよね? 初めまして、福嶋泰広です〜」
奥さんが帰って二人になってすぐに福嶋くんが自己紹介をしてくれた。
「あっ、よろしくお願いします・・・」
部活もなにもやっていなかったあたしにとって、年上の男の人とどう接していいかなんてわかんない。
福嶋くんに会えるのは楽しみだったのに、それだけは心配していた。
「同じハンガーにエプロン掛かってるから名前は知ってたんだぁ〜。はっちゃんって呼んでい〜い?」
「はい!! 好きに呼んで下さい! あの・・・あたしもエプロン見て福嶋くんのこと知ってました!」
なんか嬉しいなぁ・・・。
エプロン福嶋くんも気にしていたんだ。
「じゃあ、オレはやっちゃんで〜」
・・・え!?
そんな風に先輩をなれなれしく呼んでいいものなのかな?
よくわかんないよー! 誰かこの場合の正しい返事の仕方教えてくれないかなぁ。
でもたぶん初対面からあんまりなれ慣れしいのはダメだよね。
「すみません、先輩をそんな風に呼べないです・・・」
「え〜! そっかぁ、別に先輩ってほど仕事もできないんだけど〜。そう言うなら仕方ないか。残念だな〜」
ホントに残念そうな顔をしてる。
初対面からでも親しみを込めて呼ぶのが正しかったのかな?
でも、もう引くに引けないし・・・。
「あっ! 怒ったりしてないから、そんな顔しなくていいんだよ〜」
福嶋君は笑顔を浮かべてあたしの頭をくしゃくしゃって撫でた。
・・・・・・・・。
なんか、ホントにすっごい後悔してきた。
でも嬉しい! 
優しい人で良かった! これからのバイトが楽しみになってきた!







高校1年生の7月。


「はじめまして、北川有希です。よろしくね!」
「栗山はつみです! よろしくお願いします」


辞めたフリータの人の代わりに新しく入ったのは、福嶋くんと同じ1つ上の北川有希さん。
あたしと同じ高校で顔と名前だけは知っていたけど、話すのは初めて。
だけど、これまたすごくいい人だった。
「はっちゃんって呼んでいいかな? あたしのことは有希ちゃんでいいからね!」
「ありがとうございます! 有希ちゃん」



有希ちゃんのことを知っていたのは校内でも目立つ存在だったから。
あたしの住んでいる所は北海道の中にある大きくも小さくもない街。
あたしと有希ちゃんの通う高校のレベルはその街で中くらい。
1学年5クラスしかないけど、それでも1つ上の先輩の名前なんて部活をしてないあたしは、ほとんど知らない。
だけど有希ちゃんは校内でも美人で有名だったから知っていた。
あたしは勝手に美人といえばおしとやかで、もの静か、とイメージしていて緊張して今日の日を迎えた。それが想像と全然違って、とにかくサバサバしてて明るい性格の人。
すぐに仲良くなれて「有希ちゃん」なんて呼べてしまっている。
そんな有希ちゃんに「はっちゃん」って呼ばれるなんてかなり嬉しかった。
最初はどうして「やっちゃん」はダメで「有希ちゃん」はOKだったのかなって自分でも不思議だった。けど福嶋くんの言葉にNOと言ってしまったことを悔やんでいたから後悔しないように、今回は呼べたのだろう、と結論がでた。






「はつみ〜! カレーのルウあとちょっとしかないの忘れててたくさん作っちゃった。ちょっとサクラで買ってきて〜」
「はぁーい」
我が家は4人家族。
単身赴任をしてるお父さん、この街の病院で看護士として働いているお母さん、中学1年生の弟、そしてあたし。
お母さんは夜勤なんかもあるから、家にいる日は料理をたくさん作って冷凍庫に入れておいてくれる。
お父さんが単身赴任なのもお母さんが病院で大切なポジションについてるから。
今は一家の大黒柱としてバリバリ家事も仕事もこなしてくれている。









今の時間だとわりと空いてるよね。
・・・やっぱり、あんまりお客さんいないなぁ。




「こんばんは!」
今日は福嶋くんと有希ちゃんがバイトの日。
休みの日に二人に会えるなんて嬉しいなぁ。
確か有希ちゃんと福嶋君は今日初めて一緒のシフトだから、どんな感じなんだろう。




「はっちゃん! 買い物しにきたの?」
有希ちゃんはカウンターから笑顔で話し掛けてくれる。
福嶋君も笑顔でこっちを見た。
「今、暇でさぁ〜。有希ちゃんと中学の体育の話してたんだぁ」
「そうそう、やっちゃんが体育の先生のモノマネするからおっかしくって! もう1回やって!」
・・・・・・・?
初めて会うはずなのに有希ちゃんは『やっちゃん』って呼んでる。
福嶋くんはあたしの全く知らない体育の先生のモノマネをしてる。
それを見て有希ちゃんは楽しそうに笑ってる。
お互い中学の話してわかるってことは・・・。
「二人は同じ中学なんですか?」
あ・・・どうしよう・・・、楽しそうな二人に割って入るように聞いてしまった。
「そうなんだよ〜、小学校も一緒でね〜。9年間のうちに7年間も同じクラスだったんだ〜」
「それで、やっちゃん頭がいいから試験前よく勉強教えてもらってたんだー! 知ってる? やっちゃんの高校って―――」
「え! そうなんですか! 福嶋くんって頭いいんですね」
なんだかモヤモヤした気持ちのまま相槌をうった。
福嶋くんはこの街で一番の進学校に通っているらしかった。
3週間の間に6回一緒になって楽しく会話していた。つもりだった。
なのに高校も知らなかったし、有希ちゃんと同級生だったことも知らなかった。


・・・二人ともすごく楽しそう。
なんだか久しぶりに会った友達同士の邪魔をしに来たみたい。



当たり前だけど二人ともにとってあたしが特別なわけじゃないんだな・・・。
『はっちゃん』だって二人以外にも色んな人が呼んでくれる。
だけどすごく素敵な先輩二人から『はっちゃん』って呼ばれてすっかり特別になった気になってた。
二人と話している時、二人が笑ってくれることがすごく嬉しくてあたしの中では特別だった。
・・・でもなんでだろう、二人の会話も笑顔も今日は嬉しくない。
見ていると胸が少し苦しくなった。




やっぱり、あの時『やっちゃん』って呼べばよかった。










高校1年生の8月。


「今日は暇だねぇ〜。花火大会だからかな〜?」
「そうですねー」
お客さんが最後に来てから30分は経っている。
ホントに今日は暇な日だなぁ。
「ねぇ、駐車場から花火見えるかもよ! 行ってみよう!」
福嶋くんに手を引かれて外に出る。
なぜだかすごくドキドキして心臓が飛び出しそうになった。
なんでかよくわかんないけど、ドキドキしていつもみたいに顔が見れない。




『サクラ』は大きな道に面しているから、いつもはそれなりにお客さんがいる。
だけど今日は車通りも少ない。
バイトをサボって駐車場から花火を見る絶好のチャンス。
「わぁ! きれいですね!」
高い建物が回りにないここから、河川敷で行われている花火はハッキリ見えた。
「オレ花火見るの何年ぶりかなぁ〜。人ごみが嫌いだから花火の日はいつも家にこもってるんだ〜」
「そうなんですか! 勿体無いですよ。ってあたしも苦手なんですけどね!」
「やっぱり〜! なんだか疲れちゃって花火どころじゃないよね〜」
話しながら福嶋くんの顔に目をやった。
花火を眺める福嶋くんの笑顔になぜかまたドキっとした。
なんでだろう、いつもと何も変わらないのに・・・。
「あ〜! オレ花火女の子と見るの初めてだ〜!!」
!?!? 突然こっちを振り向くから目があってしまったよ!
胸の音が一層大きくなる・・・やばいよ〜!
・・・なんとかとっさに視線を花火にずらすことに成功!!
緊張したなぁ・・・。
「あっ、あたしもですよー! だって―――・・・」
本当は人ごみもあるけど、高いところに上がる花火が好きじゃないから見に行かない。
おじさんみたいな理由だけど首が痛くなるから。
でも続きを言うのは止めた。
だってさっき福嶋くんに花火見に行ってみようって言われてワクワクした、ドキドキした。
どうしてかわかんないけど、今日の花火はすごく綺麗で好きだったから。
首をあげなくても良かったし・・・。
「そうなんだ、じゃあお互い初めて同士なんだね〜!」
隣から福嶋くんの声が聞こえる。
「そうですね」
福嶋くんも初めてって言うのがどうしてかすごく嬉しくてずっと花火を見続けた。
「じゃあさ、お互い今日は記念の日だね〜」
・・・・・・・!?
え・・・き、記念!?
思わず花火から福嶋くんの方に視線を移す。
「今日の記念に、オレのこと『やっちゃん』って呼ばない〜?」
「え?」
「やっぱり、ダメかな? でも有希ちゃんのことは『有希ちゃん』って呼んでるのにずるいよ〜」
ずるい・・・?
そういう理由?
けど、ずっと呼びたいって思ってた。
これを逃したらもう二度と『やっちゃん』って呼ぶことなんてできないかもしれない。
福嶋くんがくれた最後のチャンスかもしれない。
「『やっちゃん』って呼ばせてください!」
あ・・・すごい力が入ってしまった。
「よかったぁ〜! ついでに敬語もやめない?」
・・・え?
「それは・・・ちょっと」
思わず苦笑してしまう。
先輩に対するこの答えの正解はわからないけど、あたしの中ではこれが正解だった。
だってやっちゃんって呼ぶだけでも年下なのにずうずうしいし、有希ちゃんにも敬語だし。
「なんだぁ〜、でも今日のところはいいか〜。あっ、お客さん来た。戻ろうか〜」
やっちゃんはあたしの髪の毛をクシャクシャってしてお店に戻っていく。
こっちを振り返って笑顔を見せる。
その笑顔にドキっとする。
やっちゃんの笑顔は見慣れてるはずなのに・・・。
なんでだろう・・・あたし、お客さんが来たことを残念に思っている。
今日のあたしは変だ。
いつもと違う・・・。
このドキドキは一体何なのかな?









高校1年生の9月。


「じゃあ、オレ休憩入るね〜」
「はーい」
エプロンを外しお店でお弁当とジュースを選んでるやっちゃんにあたしは返事をした。
「このグレープフルーツの紙パックジュース好きですよね」
お弁当はいつも時間をかけて選ぶのにジュースはいつもこれなんだよね。
「うん、なんかビタミン取れてる感じがして好きなんだよね〜」
そう嬉しそうに笑って事務所に入っていく。
よっぽど好きなんだろうなぁ。
やっちゃんはホントにいつも嬉しそうに笑う。
きっと幸せだって感じることが普通の人より多いんだろうな。
なんだかすっごく羨ましい。




「はっちゃん休憩どうぞ〜」
あっ、もうそんな時間なんだ。
「はい、ありがとうございます」
どうしよう・・・。
あたしはいつも優柔不断でお弁当もジュースも選ぶのにかなりの時間を要する。
・・・・。
そうだ! やっちゃんの幸せを分けてもらおうかな。
よーし! やっちゃんがいつも飲んでるやつ買ってみよう。
「今日はオレお金持ちだから買ってあげるよ」
ジュースに手を伸ばしたあたしの横からやっちゃんの手が伸びる。
「え!? い、いいですよ。悪いですから」
だって、アルバイトのシフト的にあたしの方がたぶんお金持ちだし・・・。
「いいんだって、はっちゃんは妹みたいなもんなんだから。このジュースでいいんだよね?」
妹・・・? その言葉に驚いて思わず頷く。
それを見届けて微笑むとレジを打ち始めてお金を払ってくれた。
「ごちそうさまです」
悪いなって思いながらもなんだかすごく嬉しい。
こんな風にやっちゃんにジュース買ってもらうなんて初めてだし、妹って言ってもらえたことが嬉しい。
子供の頃誕生日やクリスマスの記念日に貰ったプレゼントみたいに、すごく幸せな気持ちになった。


「はい、どうぞ〜」
あたしにジュースを手渡してくれるやっちゃんはすごい満足げな笑顔。
つられてあたしも笑ってしまう。
その笑顔のままやっちゃんがくしゃくしゃって頭を撫でる。
あたしはこのくしゃくしゃがたまらなく好きだ。
子供の頃、誉めてくれる時にお父さんがあたしにしていたのに似てる。
それもやっぱりあたしは嬉しかった。
男の人っぽくないやっちゃんに最近変な戸惑いを感じていたのはこれだったんだ。
そっか・・・あたしもお兄ちゃんみたいに思ってたんだ! 
やっちゃんもあたしを妹みたいって言ってくれたし。
そうか、そうだったんだ! やっちゃんみたいに優しいお兄さんが出来て、すっごく嬉しいかったんだ。
なんだか謎が解けて一気にスッキリした〜。







高校1年生の10月。


「なんでこの店に魚置いてないんだよ!!」
あと1時間でバイトが終わるというのに酒くさいお客さんがカウンターで大声をあげてる。
コンビニに魚なんてあるわけないじゃん! ・・・って言えたらどれだけ楽か。
「申し訳ありません、当店では魚を扱っておりませんので」
あたしは必死で頭を下げる。
せっかく楽しいやっちゃんとのバイトだというのに、終わりが近づいた頃にこんなに嫌なことがおきるなんて・・・。
そのやっちゃんは冷蔵庫の品出しに行っててカウンターにあたし1人。
謝り倒してなんとか帰ってもらうしかない。
「扱ってないじゃないんだよ!! これから釣りに行くっていうのにここで買えないとこの先もう店ないんだよ!!」
お酒の匂いがカウンターいっぱいに広がって気持ち悪い。
その上身を乗り出して怒鳴られてるからどうしようもない不愉快な気持ちだ。
「申し訳ありません!」
どうしよう、どうしたらこの人帰ってくれるのかな・・・。
”バーーーーン!!”
あたしはおじさんがカウンターを思いっきり叩いた音で驚いて顔を上げた。
「なんとかしてくれないと困んだよ!!」
今にもカウンターを乗り越えて来そうな勢いだ。
「ふざけてんじゃねーぞ!!」
いきなり襟元を握られて顔を近づけられる。
どうしよう・・・怖いし気持ち悪い・・・。
どうしたらいいんだろう・・・。奥さんに連絡した方がいいの?
でもこの状況でそんなこと言ってもこの人は聞いてくれそうにない。
・・・泣きそうだ、けど泣いても何にも解決にならない。
今誰もここにいないんだから自分で何とかしないと・・・。
でも涙が出てくる。
「なに泣いてんだよ!! オレは何にも悪くないんだ! 早く魚出せよ!」
「お客様!」
やっちゃん・・・?
あたしはお店に響く大きな声に驚いて顔を上げた。
「お客様、申し訳ありませんが当店には置いておりません。お引取り下さい」
「あぁ? なんでお客様が店員に命令されなきゃだめなんだよ!! ふざけるな!!」
やっちゃんがこんなに怒った顔、初めて見た・・・。
お客さんが怒鳴っているのに対して冷静に応対してる・・・。
けど・・・すごく怖い顔してる。
「はっちゃんは事務所に入ってて」
やっちゃんの顔にいつもの笑顔はどこにもない。
すごく怒った顔をしている・・・。
”バタン”
やっちゃんはあたしをカウンターの横の事務所に入れるとドアを閉めた。
ドアの上部のガラスはマジックミラーになっているからカウンターの様子がよく見える。
お客さんはやっちゃんの襟元を掴みながらどなり散らしている。
なんとかしたい、できるものなら変わりたい。
でも、あたしが出て行ってもきっとなんの役にも立たない。
泣いて立ち尽くすだけで、余計迷惑になる。
・・・・・・・・・どうしよう。




「もう2度と来ないからな!!」
そう捨て台詞を残してお客さんは帰っていった。
あたしは事務所からすぐに出てカウンターに行く。
どうしよう・・・。
やっちゃんの顔がいつもと違うからなんて声かけていいかわかんない。


「はっちゃん、ごめんね。オレもっと早く気づけば良かった」
怖い顔のままやっちゃんがそう呟くようにあたしに言った。
「・・・・・・・・・・」
なんて言ったらいいのかわかんない。
だって、やっちゃんは全然悪くない。
なのにあたし・・・やっちゃんに謝らせてる。
やっちゃんが嫌な思いをしたのはあたしのせいだ。
あたしは言葉が出ないから必死で頭を振った。
こんな自分が嫌でまた涙が出てくる。
「はっちゃん〜? ごめん、泣かないで」
泣きたくない・・・やっちゃんが謝ってしまう。
でも止まらない。
「ごめんね、ごめんね・・・」
やっちゃんは何度にあたしを謝る。
「ちが・・・ちがう・・・」
泣いてしまって言葉にならない。
でもやっちゃんは悪くない。それだけは伝えたい。
「ホントにごめん・・・」
そう言って頭を撫でてくれるやっちゃん。
「ごめんなさい・・・やっちゃん何も・・・悪くない・・のに」
やっと出た言葉。
通じたかな? きちんと聞こえたかな?
やっちゃんはいつものクシャクシャじゃなくて優しく撫でてくれる。
その手があまりにも優しくて暖かいから、ますます涙が止まらなくなった。
やっちゃんが辛いのはあたしも辛い。
でも手がすごく心地良くて、ずるいあたしはもう少しこのままでいたいな、なんて思ってしまった。




この気持ちは一体何なんだろう・・・?















あの頃のあたしはすごく鈍感だったと思う。
「恋」ということをよく知らなかったんだと今になってやっと気づく。
あたしはあの日まで家族以外の誰かが守ってくれることなんてあり得ないと思っていた。
少女マンガやドラマに出てくるヒロインを窮地から救ってくれるヒーロに憧れたりしたけれど、現実にはないと思っていた。
だけどこの日一人で酔っ払いのおじさんに立ち向かって助けてくれたやっちゃんは、あたしの中で少女マンガに出てくるヒーロになった。
だけどそのことに気づいたのはやっちゃんに会えなくなってしばらく経ってからだった・・・。










・・・ゆっくり目の前にいる人の顔を見よう。
その人はあたしの会いたかった人?
やっちゃん?







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Update:11.21.2004






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