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第1章 第2話>





どうして自分を1番に想ってくれる相手を好きになることが出来ないのか?
もしそれが叶うならきっと幸福が待っているはずなのに・・・。
そうわかっていても器用に恋をすることが出来ない。
そんな不器用な矢印を持った人々の物語。





第1章 まず最初に。

第1話 運命の1日。






白い壁に少しだけ日に焼けたポスター、そこに朝の光が差し込んでいる。
ゴールデンウィーク初日の今日は全国的にも快晴なので、あと3時間もすれば道は混み、観光スポットも人で溢れるだろう。
すやすやと寝息をたてて眠っている一人の少年のもとに、一人の女性が近づく。
そして、
「叶、起きなさーーーい!! 部活に遅れるよー!」
「ぎゃーーーーっ!! わかった、わかったから、布団をはぐのはやめてくれー! オレにも男の事情があるんだから!」
物語のしょっぱなから青少年ならではの恥じらいを叫んだ少年は、薄いタオルケット一枚を姉から奪い返しベッドの角に身を寄せた。
彼の名前は蓮見叶(はすみきょう)、この春高校に入学したばかりの15歳だ。
身体170センチと平均的だが、中学時代の野球経験から身体にはまだまだ華奢ではあるが筋肉がついている。
顔はちょっとしたアイドルには負けないくらいの容姿だ。
ただし、女のアイドル顔負けの容姿だが・・・。
「男の事情・・・? 乙女の事情じゃなくて? 叶ちゃん」
「うっせーな! 朝からうぜーこと言ってんじゃねーよ!」
間髪いれずに言い返した叶の顔は、先ほどまでの半開きとはうって変わり大きな瞳が見開かれている。
この大きな瞳がアイドル顔に見えてしまう原因だろう。
ったく悪態つかないと目が覚めないんだから、こいつは。
心の中でされに悪態をつく姉もまた、叶の顔を少しキリっとさせた美人顔で、とてもこんな悪態をつくようには見えない。
だが毎日逆ギレされながらも叶を目覚めさせているだから、姉とは言ってもご苦労なことだ。
本来ならば母親の役目である叶の人間目覚まし役を姉である春奈が行っているのは、彼らが地元を離れ二人暮しをしているからだ。
二人は元々この街から新幹線で2時間ほどのところに住んでいるのだが、互いに事情があり生活拠点が一致したため共に暮らしている。
その事情とは春奈が今年の大学入学と同時にモデルの仕事を始めたこと。
そして叶がこの街にある国内有数の名門校、美並山学園に奇跡的――と家族らからは言われている――に入学を果たしたためだ。
「可愛くないなー。あ、すっごい可愛い顔の弟の間違えだった」
憎まれ口をたたきながら叶の部屋を出た春奈だが、彼のこの目覚めの悪さに気を使い今暮らしているアパートを決めた弟思いの一面もある。
そんな姉の気持ちを知っているのかは定かではない叶は、閉まったドアに向けて愛用している低反発枕を投げつけた。



二人が暮らすアパートは叶の通う美並山学園高等部まで自転車で15分のところにある。
ただし、叶のこぐ速さで15分なので実際は25分くらいはかかるだろうが。
姉の春奈が通う国立の大学は、ここから電車とバスを乗り継がなくてはいけないが、朝に強いためさほど苦にはなっていないようだ。
「やっべーー、こんな時間かよ! 春奈、てめぇー起こすならもっと早く起こせよ!」
いつものように叶はキッチンに置いてあるバターロールを袋ごと持ち、着替えをしながら口に運ぶ。
「乙女の事情があるようだから、遠慮してあげてたのよ」
春奈もいつものように、イスに座りトーストとサラダ、自作の野菜ジュースを飲む。
「何か言った?」
すでにバターロールを3個間食し、洗面所で歯を磨いている叶がリビングに顔を出し春奈を睨みつける。
それを見て春奈は余裕の笑みを浮かべる。
くっそーーー、と叶は心の中で叫んだ。
日課だと言うのにまだまだ少年の彼は姉弟ゲンカにもムキになってしまう。
そんな叶少年にとって今日という日は運命の日だった。
それは彼が自分の学力以上の名門校に進学した最たる理由、アメリカンフットボール部にかかわることである。
「行ってきまーす」
制服に部活動具の入ったカバンを持ち、玄関から春奈のいるリビングに顔を出す。
ケンカが絶えない姉弟なのだが、子供の頃からの日課――行ってきますを交わすこと――だけは行っている。
「泣いて帰ってきたら優しく慰めてあげるわ」
めずらしく玄関まで来たかと思えば、いつもの笑みを浮かべいきなり叶に頭突きをした。
いや、頭突きではない。おそらく・・・彼女なりにパワーをあげたのだろう。
「いってーな! なんだよ」
叶は頭突きされた場所を抑えながら春奈を睨みつけた。
「女の子が失恋でもしたような顔してるからキモチ悪くて」
「てめぇなぁ、・・・行ってきます」
行ってきますの言葉の前に叶は深いため息をついた。
どうやら春奈の不器用な愛情に気がついたようだ。
行ってらっしゃい、とドアが閉まった音を確認してから春奈は清々しい笑顔で呟いた。







あー、かっこわりぃな。春奈に心配かけるとは。
叶は顔を少し歪めて笑みを浮かべた。
「おっしゃーーー!」
下り坂に差し掛かり一気に加速する自転車をさらに強くこぎながら叶は叫んだ。
春奈の言う通り情けない顔をして今日言う日を迎える自分がイヤだったからだ。
今日は彼が入部してから1ヶ月、待ちに待ったポジション発表の日なのだ。
いや、叶が中学生の時にテレビで美並山学園大学のアメリカンフットボール部の試合を見た日から、待ちわびていたのかもしれない。
叫び終えた彼の顔は先ほどとはうって変わった清々しい、笑顔が浮かんでいる。


坂を下り終えたら今度は左に曲がり500メートルほど進むと、美並山学園高等部の裏門がある。ほとんどの生徒は交通機関を経由するので正門から入るが、叶のアパートからだと裏門の方が近い。
人通りのほとんどない裏の道を叶はペダルをこぎ、さらに加速する。
車を運転する者にとっては、頼むからこっちに来ないでくれと祈りたくなるような危険な走行である。
坂を下り終え左に曲がろうとした時、目の前に2つの人影が見えた。
勢いよく急ブレーキをかけ、転びそうになった体を生まれ持った運動神経でなんとかたて直す。
「あぶない運転してるな。蓮見」
顔を上げたところにいたのは叶が待ちに待った瞬間を披露する人物、アメリカンフットボール部顧問の宮坂錬(みやさかれん)だ。
「宮ちゃん、じゃなかった宮坂先生。おはよーございます!」
今さら呼び方直してゴマを擦っても、今日のポジションが変わるわけじゃないのに、そう思って錬は苦笑した。
「丁度良かった、悪いんだけど1年たちに伝言頼めないか?」
「いいっすよ、今日の発表のことっすか?」
間髪入れずに目を輝かせて即答する叶に錬はさらに苦笑した。
それは叶をバカにしたわけではなく、自分が彼と同じ歳の同じ日、きっと同じ表情をしていたことを思ったから。
錬は美並山学園のOBで高校、大学とアメリカンフットボール部の選手としてプレーしていた。
「急に今日の8時30分から生徒の補習が入ったんだ。だからポジション発表をライン引きの前にやってしまおうと思って。20分後にグラウンド集合って伝えてくれないか?」
「え、ま・・・マジ!?」
1年生の新入部員は全員練習開始の1時間半前に集合し、グランドに石灰で線を引いたりボールなどの用意をする。
今日のポジション発表はその後だと聞いていたので、2時間近く早くなったことになる。
叶の胸は大きく高鳴った。
「マジだ。頼むな」
錬は無邪気に一喜一憂する叶を見て、また苦笑した。
きっとオレもこんな顔でポジション発表を迎えてたんだな、そう心の中で呟きながら。






「可愛いね、女の子みたい」
叶の一喜一憂も、錬の昔への思いを馳せる時間もこの言葉で一気に凍りついた。
「てめぇ、誰が女だって!?」
そう言えばもう1つ影が見えたな、と怒鳴りながらも冷静に考え視線を錬の隣に向ける。
「女の子じゃなくて、女の子みたいって言ったの。だって君、男の子でしょ?」
「・・・・・・」
叶は声が出なかった。
あまりに自分勝手な言い分に呆れたからではない。
そのもう1つの影だった錬の隣にいる少女が、とてつもない美少女だったからだ。
「錬くん、あたし何か悪いこと言った?」
少女は全く微動だにしなくなった叶を指差し錬に視線を向けた。
「蓮見は女の子みたいって言われるのが嫌いなんだよ」
きっと見とれて声がでないだけだろうけど、本心では思ったが錬は口には出さない。
宮坂錬、中々するどい男である。
「そうなんだ。こんなに可愛いのに」
可愛いの言葉にやっと叶は我に返った。
「可愛いとか言うんじゃねーよ。男が可愛かったらキモチ悪いだろうが!」
口調はいつも通り悪いが、視線は全く違う方向を見ている。
「大丈夫、君は全然気持ち悪くないから」
全然の言葉を力いっぱい言った後、叶の視線の目の前に自分の顔を運ぶ。
「ばっ、顔近づけんなよ! しかも君とか言うな、気持ち悪い!」
顔が真っ赤でそう毒づいても説得力はなかったが、叶は必死で言った。
「ごめんなさい」
なぜかこのポイントでやっと謝った美少女は、また叶の視線の先に顔を運び笑顔でこう言った。
「えっと、百瀬春(ももせしゅん)です。よろしくね」
叶は一層赤くなった顔で、さらに毒づこうかと思ったが、完全に美少女ペースなので諦めて自分の名前も名乗った。
「叶! いい名前だね」
この女は自分の顔を鏡で見たことがあるんだろうか、叶は真っ赤になり汗まで浮かんできた顔の奥でそんなことを考えていた。
春は、小顔で色白、黒めがちな大きな瞳に長い睫毛、すらりと通った鼻、形のいい唇。
唇にグロスを塗って、ビューラーで睫毛を上げている以外はほぼスッピンである。
その状態でここまでの美少女なら自分――アイドル顔――を見慣れている叶ですら言葉を失ってしまうのに納得できる。
「蓮見、時間大丈夫か? 百瀬、お前も補習の前にやることがあるんじゃないのか?」
あっ! と二人同時に声を上げた。
「じゃあ、宮ちゃんじゃなくて宮坂先生、1年に伝えておきますね!」
叶はなんだか訳の分からない胸の苦しさを感じていたが、この場にいるせいだと急いで自転車に乗り走り去る。
右側には高等部の教職員専用の駐車場がある。
どうやら錬と春が駐車場から出てきたときに、叶は二人を引きそうになったらしい。
あれ、どうして二人が同じ駐車場から出てくるわけ? まさか、一緒の車で来たのか?
春は高校生だ。美並山学園では18歳を過ぎても卒業まで運転免許の取得を認めていない。
つまり車を運転できるわけが無い。
なんでだろう? それより、ポジション発表の前にこんなくだらねーことをどうして考えなきゃいけねーんだ。
叶は必死で春のことを考えるのを止めようとしたが、結局グラウンドに着くまで頭から離れなかった。











「バレちゃったかな、蓮見に」
叶の背中を見送り、裏門に向かって歩きながら錬はそう呟いた。
「あ、まずかった? でもそんなにおしゃべりな子に見えなかったよ、叶は」
相変わらずだな、春は。
錬は隣で無邪気に微笑む春を見ながらぼんやりそう思った。
「確かに蓮見はそんなやつじゃないよ。さて、補習に行くか」
錬は整った横顔で春を見つめ、意地悪そうな顔でそう言い、足を学校へ向ける。
「えー・・・はーい」
春も不満そうな顔をした後、錬の横をまた歩き始めた。















「よし、全員集まってるな。オフェンスのポジションから言ってくから。まず、OL(オフェンスライン)のC(センター)―――――」
錬はパンサーズの監督と共に時間通りにグラウンドに現れ、さっそくポジションの発表を始めた。叶ら1年生の生徒は、すでに練習着に着替え一列に整列し黙って錬の発表に耳を傾けた。
このグラウンドで昔、あの鈴生(すずなり)が同じ時を過ごしていたなんて信じられねーなぁ。
叶は自分の希望ポジションの発表まで時間があるからか、ぼんやりと憧れの人物のことを考えていた。
叶のあこがれの人、鈴生健志朗は錬の高校、大学のアメフト部の後輩で、花形ポジションであるQB(クオーターバック)として現在も実業団「光石電気株式会社 フォーサイト」でプレーしている。
今日本で1、2位を争うプレイヤーとして、アメフトに携わっている者なら知らない人間はいないほど有名だ。
そんな彼に叶が一方的とはいえ出会ったのは、中学2年生の秋頃。
アメリカンフットボールの大学選手権の予選決勝をテレビで見ていたときだった。
ルールも何も知らないアメフトを、ただ男らしいスポーツをいう理由だけで見始めたのだが、気がついた時には完全に入り込んでいた。
健志朗の投げる正確で力強いボール、それをキャッチし走る選手。
何がなんだか試合の流れはアナウンサーの言葉でしか分からなかったが、それでも健志朗の姿から目が離せなくなっていた。
その試合を見たときから、野球少年だった叶が勉強に没頭し、名門高校へ進学したのだから健志朗本人は全く知らないとはいえ、人生に多大な影響を与えている。
「――――――WR(ワイドレシーバー)元永幸太(もとながこうた)・・・」
このWRの発表が終わったらいよいよ叶の希望するQBの番である。
叶はさっきまではぼんやりと健志朗のことを考える余裕があったが、胸の音がだんだん大きくなるのを感じていた。
「QB、泉心悟(いずみしんご)、もう一人蓮見叶。次、ディフェンス――――」
よっしゃーーーと叶が危うく叫びそうになったのを隣に並んでいた友人の心悟に止められた。
思いっきり口を抑えられた叶は心悟を睨みつけたが、この静まり返った雰囲気をぶち壊すのをさけられたので、少しだけ感謝していた。
よかったな、と心悟の横にいる幸太が口を動かしたのが見えた。
お前もな、同じように叶が言い、二人はまだ緊張している他の部員の雰囲気をぶち壊さない程度に満面の笑みを浮かべた。
叶にとって美並山学園に入学できただけでも奇跡だったわけだが、こうして希望する部活で目標のポジションについたことは、15年の人生の中で最も幸福な瞬間だったであろう。









「はい、発表は終わりだ。今日からそれぞれポジションごとパート練習に参加するようにな。じゃあ、練習の準備再開してくれ」
錬の言葉に選手達は、はいと大きな声で返事をしてそれぞれに散っていく。
監督は錬の横を通って先に校舎へと向かっている。
その後に続き錬も歩き出そうとした時、後ろから猛スピードで近寄ってくる音が聞こえた。
「宮ちゃん、じゃなかった宮坂先生! オレ、頑張りますからよろしく頼んます!!」
近づいてくる気配の直後に聞こえた大きな声に、錬は一瞬驚いたが、ゆっくりを振り返る。
叶の輝く笑顔と瞳を見て、8年前ことを思い出した。
「蓮見、鈴生健志朗に憧れてるって入部した時に言ってたよな」
「え、うん! 鈴生に憧れてここに入学したんだ、アメフトやりたくて」
アイツと同じことを言ってるな、と錬は思わず笑った。
「え、なんで笑うわけ? 無理とかって思ってんの?」
叶の輝く笑顔が急に曇ったのを見て、錬は慌てて言葉を続ける。
「いや、そうじゃなくて。8年前このグラウンドで同じことを言ってたやつがいたなと思って思い出したんだ」
「誰? そいつ」
こんな風にちょっと生意気で、言葉遣いも入部当初はかなり酷かった――今もそんなに変わらないかもしれないが。けれど不思議と憎めないやつで結局大学を卒業した今でも関係が続いている。
「鈴生健志朗」
「えっ!?」
驚いた顔で目を輝かせた叶を見て、錬はまた笑った。
「もっともあいつの場合は希望するポジションになれなかったから、発表の日は落ち込んでたけどな」
「え、鈴生はQB志望じゃなかったの!?」
間髪入れずに質問をする叶に錬はやっぱり健志朗のことを思い出す。
「WRやっていたオレの友達に憧れて入部したんだ。あいつは」
健志朗は中学野球でかなりの有名選手だったため、美並山学園からスポーツ推薦枠での入学を希望されていた。
その下見で訪れた際、たまたまこのグラウンドの横を通りパンサーズの試合を見てその場で推薦を断り実力で入学したのだ。
「へー! マジで! そのWRってまだアメフトやってんの?」
「美並の大学部でコーチやってるよ。そのうち会う機会もあるかもな」
その二人の会話を遮って、叶を呼ぶ声がグラウンドからする。
どうやら1年生がグランドの設営を懸命にやっている間5分以上も話しこんでいたらしい。
「悪い、今行くーー! 宮ちゃん、また今度鈴生の話聞かせてよ」
「いつでもどうぞ」
じゃ、と言いながら叶がグラウンドの中へ戻っていく。
ついに”先生”をつけられなくなったか、と少し寂しい気持ちになって錬は校舎へと戻っていった。















「泉、叶、今日メシ食って帰ろうーぜ」
練習後の選手の胃袋はとてつもない空腹状態だろう。
ましてや彼らは育ち盛りの高校1年生だから、なおさら帰路を耐え切れないだろう。
幸太の声に叶と心悟は当たり前のように返事をする。
この3人はクラスは違うが、入学して1ヵ月足らずで幼馴染のように親しくなった気の会う友人同士だ。
練習の後、いつも3人残って最後までキャッチボールなどをしている。
「あ、紘(ひろ)さん! おつかれーーーっす!」
幸太は練習が終わりシャワー室から出てきた2年生の紘に声をかけた。
紘はWRであり、今日から正式に幸太の先輩になった。
ちなみに錬の弟である。
「おつかれ、まだ練習してるのか」
紘の髪の毛からは水が滴り落ち、Tシャツを少し濡らしている。
かなりのお人よしの錬とは違い、口数も少なくクールな印象を与える性格の持ち主だ。
「はい! 早く紘さんみたいになりたくて」
その素直な言葉に紘は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつも通りの表情に戻った。
「入部したばっかりのお前に追いつかれたら困るよ」
こんな言葉を残して去っていく、冷たい感じだが、悪い人間ではない。
なのでだいたいいつもこんな言葉を発しているが、彼の後輩受けは良いようだ。
かっこいいよなぁ、と幸太が心の中で呟いた。
もちろん選手としても優秀でクール、そしてさらに紘は錬と同じような中性的な美形。
幸太でなくともそう呟きたくなるもの理解できる。
かなり得な顔に生まれてきた人物であろう。








3人がアフター練習を終え、ファーストフード店を出た頃には太陽が美並山学園の脇に傾き始めていた。
相変わらずのスピードで帰り道を爆走していた叶だが、今朝春と出あった駐車場の近くで速度を落とした。
変な女だったな、と叶は心の中でぼんやりと呟きながら何か胸に引っかかるものを感じる。
小、中と女の子に可愛いと言われ続けたため、少年叶の心にはその言葉へのコンプレックスの固まりがある。
今思えばコンプレックスを抱えなければ、男らしくなりたいと野球部に入ったりアメフトの試合を見たりしなかったのだから、ある意味それは運命のゴングだったのかもしれないが。
けれど春に対してはコンプレックスという言葉では片付けられない何かがある。
考えたくないと思っているのに、なぜか頭の中はそれでいっぱいになる。
必死で違う話題を探し、ようやく熱中できるものを見つけ考える。
そう言えば、今日実業団の春リーグの始まりの日だったなぁ。フォーサイトはもちろん勝ったよな。
叶は知らないうちに駐車場で足を止め、自転車に座ったまま動かなくなっている。
本能でここまでぼんやりしている時に、爆走はまずいと思ったのだろう。
ただブツブツつぶやいているので、人がいたら完全に変なやつである。
「試合、見てぇな」
ぼんやりと呟きながら見上げた空にはいつの間にかオレンジ色の夕焼けが見える。
「何の試合?」
「フォーサイトの試合」
考え事をしていたので深く考えずに返事をしたが、人影のなかった場所で急に話しかけられたことに気づき、目線を横に移す。
横にはなぜかブイサインをした春がいた。
その存在を認めた瞬間、叶はまた自分の意志とは反対に顔が真っ赤になってしまった。
「な、なんでここにお前がいるんだ!?」
自分の顔色を隠すためか、それとも動揺の為か、叶の口調はいつも以上にキツイ。
「勝ったよー、フォーサイト。28対0で」
叶のキツイ言葉も気にならないのか、春は相変わらずの笑顔で言う。
「え、あ、そう」
なんだか少しバカらしくなって、叶は春の言葉に返事した。
「好きなの? フォーサイト」
少しでも気を抜いて下を向くとその位置に春の顔が来ることを忘れていた叶は、覗き込まれた瞬間3歩ほど後ずさった。
「てめぇ、なんなんだよ! やめろよ、そーいうことすんの!」
顔を腕で隠し、必死に怒鳴る。
けれど春が動じる様子はない。
「そーいうこと、ってどーいうこと?」
春も3歩前進し、間合いをつめる。
可愛らしい顔をして、実は子悪魔なのかもしれない。
「てめぇなぁ」
さらに後ずさりながら言っているのだから、誰が見ても負け惜しみだ。
「春、どうした?」
叶は駐車場から聞こえる声に振り返った。そこにいるのは、明らかに気まずい顔をした錬。
「宮ちゃん、どーしたの?」
言葉を発して、叶は我に返った。
普段生徒を名字で呼ぶ錬がなぜ”春”と呼び捨てにしたのか、どうして朝二人は駐車場から出てきたのか、そして今二人はまた同じ車に乗ろうとしているのか。
そんなことが頭の中を駆け回り、最初の言葉以外何も言えなくなった。
「蓮見、メシ食ったか?」
「え、あ、うん。さっき泉と幸太と」
いつものような元気はないが、一応きちんと返事はできるようになったらしい。
「そうか、けどまだ食えるよな」
「な?」
「今食って体つくらないと後でキツイしな」
「え?」
「今車避けるから、そこに自転車置いてくれ」
「は?」
車に乗り込み窓から危ないぞ、と錬は声をかける。普段温厚で優しい錬にしてはとてつもなく強引だ。
「錬くんのご飯美味しいよ」
隣にいる美少女は相変わらずのマイペースで、叶を圧倒する。
「それに、今日はスペシャルゲストを呼んでるから」
美少女の子悪魔的笑顔に騙されたのか、もう考える気力もないのか、気がついたら叶は錬の運転する車の後部座席に乗り込んでいたのだった。











  

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2005.06.11改訂
2004.11.12

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