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塚田式 の法則(前編)





「あたしとの結婚って考えたことある? 正直に答えて」
いつの頃からだろう。
女が「結婚」「結婚!」「結婚!!」と言い出すようになるのは。
「悪いけど、正直まだ考えられないんだよね」
彼女の言葉に従い正直に答える。
だって。
例えば休みの日。
週末の飲み会の二日酔いで昼まで寝ていたい時。
早朝から海に趣味のサーフィンをしに出かけたい時。
例えば仕事の後。
付き合いで合コンに参加する時。
ちょっとパチンコして帰ろうかな、と思う時。
そんな当たり前の生活がすごい贅沢な夢物語みたいになるわけだろ?
たった人生28年生きたくらいでそれが奪われてしまうなんて残酷すぎないか?
つまり「結婚」というのは多大な犠牲の上に成り立っている、そんな風にしか思えない。
そのオレに今すぐに結婚なんていうのは無謀極まりないだろ。



「そう、真人(まこと)の気持ちはわかった」
この彼女「麻衣」とは3年近く付き合った。
オレより3つ年上だから31歳。女なら結婚を焦る歳なのかも知れない。
だけど結婚なんて所詮タイミングだ。
男なら「帰って夕食の用意が出来ていたら最高だろうな」とか「親がいい加減うるさいし」というタイミング。
女なら「同期の女が寿退社で残り少なくなってきた」とか「仕事に疲れたから専業主婦で気楽に」といタイミング。
それが一致した時に初めて「結婚」が実現するんじゃないのか。
とか思うのはオレの勝手な考えか?
「あたしは真人と結婚したい。そう思って付き合ってきたけど出来ないなら別れるしかない」
「別に結婚したくないわけじゃない。ただ今はまだ考えられないだけだ」
タイミングの不一致だ。
オレは別に帰ってきてから夕食の用意が出来ていたらとも思わないし、親も何にも言わない。
それにこのまま付き合っていたらいつか結婚するかもしれない、くらいには思っている。
「あたしは今したい。だから、今までありがとう。バイバイ」
清々しいくらいの笑顔でオレのマンションを後にする麻衣を見て、完全にゲームオーバーなんだなと思った。
麻衣と付き合っていた間で見た笑顔の中で一番キレイだったかもしれない。
年上だったからかサバサバしてて、オレのワガママを聞いてくれていた。
今まで付き合った中で一番一緒にいて居心地が良かった。束縛もなかった、楽だった。
それでも結婚はしたくなかった。
自分で自分が・・・
「わかんねー」













この出来事から半年後の3月、麻衣は結婚した。
相手は麻衣の勤めていた銀行の同僚、らしい。
勝手な言い分だとは百も承知だが、なんのためにオレと付き合っていたのだと思う。
オレがダメでも他の男と結婚することができれば良かったのか。
「タイミング」というのはオレの結婚への持論だったが、麻衣にとって「男は結婚の道具」というのが持論なのだろうか。
・・・結婚ってなんなんだ!?
「意味わかんねー」
「塚田がな」
麻衣の結婚で軽く落ち込んだので同僚の沢崎と飲みに来てみた。
不満を漏らしたら即答された。
「なんでオレ?」
「落ち込むくらいなら結婚すれば良かっただろ」
新しいたばこに火をつけながら沢崎が言う。
「オレにも1本」
さっき最後の1本が煙になってしまった。今日はいつも以上に良く吸ってしまった気がする。
たばこはオレの原動力なのだ。ないと生きていけない。
けれど沢崎のたばこは・・・
「まずい」
こんなもんはせいぜい効果の薄い栄養ドリンク止まりだ。
「うるさいな、だったら返せ」
「我慢します」
沢崎は最近子供が産まれたので(しかも双子)禁煙するために、まず軽いのに変えた。
一応たばこを吸う時はベランダに移動していたらしいが、その後子供に顔を近づけて泣かれたらしい。
おそろしく単純な理由だ。


沢崎は高校の同級生で偶然同じ会社に入社した。
もう10年以上の付き合いだが、こんなに単純な理由で動くようなやつじゃなかった。
「来月には完全に禁煙するから塚田もオレの前で吸うなよ」
たばこを一日に吸う本数まで決めているらしく、箱を背広の胸ポケットにしまう。
「は? 意味わかんねー」
正直沢崎はオレよりもずっと遊んでいるようなやつだった。
入社1年後の4年前、転勤で仙台に行って今の奥さんに出会ってからおかしくなった。
いや、おかしくなったというより世間で言うところの「普通」になってしまった。
高校時代の同級生が今の沢崎を見たら全員「誰だお前!?」と言うだろう。
そのくらい普通、いやかなりの「愛妻家」兼「マイホームパパ」になってしまった。
「・・・結婚」
想像出来ない。
オレが「愛妻家」とか「マイホームパパ」とか、ありえねーだろ。
「どうした? お前やっぱり麻衣さんのことが諦められないのか?」
沢崎が冷やかすような視線を向けている。
むかつく。
「それはない」
「あ、そ」
それはない、んだろうか。
諦められないのか後悔してるのかはよくわかんないけど、ちょっと女が怖いと思ってしまう。
自分の中で「〇〇才までには結婚したい」と勝手に決めて、それを実行すべく男を捜している。そんな風にしか思えなくなってしまう。
麻衣と付き合った時間のすべてを否定してしまいたくなる。
「塚田、オレが今から言う言葉をありがたく心に留めておけ」
「は、何だよ」
「どうせお前は結婚は犠牲だとか思ってるだろ? オレもそうだったからわかる」
酔っているんだろうか、沢崎はかなり得意気に話し出した。
「でもそうじゃない。そのうちわかる」
「意味わかんないから」
「今のうちだ、そう言ってられるのも」
「はーぁ?」







女の考えが怖いと思ってから「付き合う」という誓約に縛られるのすらイヤになった。
だから付き合わなくてもいい関係を築くことにした。
相手がそれで良ければこれほど楽な関係はない。
オレは女に食事の用意をしてほしいわけじゃない。そもそも合鍵なんて絶対に渡したくない。






そんな生活を2ヶ月くらい送っていたら、ますます「結婚」の意味がわからなくなった。
当然沢崎の言葉なんてすっかり忘れていた。












オレの心とは一切関係なくなぜかこの歳になると結婚式が増える。
年に4回くらいは(会社のもあるけど)出席している。
この先、数年は続くのだろう。
そしてゴールデンウィーク真っ最中の今日も。
今日は大学時代の友人「向居」の結婚式。
たぶん普通のやつは結婚式に感動して「自分もそろそろ」とか「オレもいつか」とか思うんだろうな。
けど出席するたびにオレが思うのは、自分があの新郎の位置にいることが「全く想像できない」ってことだ。
緊張に幸せが入り混じった表情を浮かべている。
そしてその日から赤の他人を「父」「母」と呼ぶ。
オレが? ・・・想像しただけでなんか変だ。
変というかムリだ。








「真人今日はありがとうな」
披露宴会場の出口で向居が笑顔で声をかけてきた。
向居は沢崎とは違って顔が良い割に女と話すのも苦手で、付き合ったら「一途」という言葉がよく似合う。
大学時代に出会った奥さんと卒業してから付き合いだして5年後のゴールイン。
片思いを5年もしていた。
顔が良いから当然他に誘いがたくさんあったのに、彼女以外には全く興味がなさそうだった。
オレには未だにその神経が理解不能だ。
けど・・・きっとこの先もうまくやっていくのだろう。
「おめでとう。久しぶり」
向居の隣にいる小柄な花嫁さんにも「おめでとうございます」と声をかける。
花嫁さんが嬉しそうに「ありがとうございます」と微笑む。
学生時代から向居が好きだった人だけど、あの正直どこが良いのだろうと思っていた。
別に不細工じゃないけど、向居の顔とはつり合わないだろうと。
けど不思議だけど2人の顔が何となく似て見える。
長いこと一緒にいたから表情が似ているんだろうか? ただ単なる気のせいだろうか?
それにしても、この場にオレが立って誰かにこんな顔でお礼を言うなど想像できない。
この先に結婚というタイミングが訪れることなど有り得ないんじゃないのか?


「お兄ちゃん、そろそろ着替えの時間だよ」
「悪い、ありがとう」
向居の後ろから声が聞こえたのでその方向に目をやる。
「お兄ちゃん」と言ったけどそういえば歳の離れた妹がいたような・・・。
「あ、真人覚えてるか? 妹の栞」
妹の栞ちゃんは覚えている。
オレが大学1、2年の頃向居の家によく遊びに行っていた頃に何度も顔を合わせた。
当時「小・中学生の栞ちゃん」に。
「・・・・・・・・」
言葉を失ったことなんて今まであっただろうか?
「お久しぶりです」
「・・・大きくなったね」
栞ちゃんはオレの知っている「栞ちゃん」ではなくて大人の女性になっていた。








オレはただ単に面くいなのか?
2次会の会場に入ってから一応大学の友達の輪の中で話はしているが、会話が全部右から左だ。
栞ちゃんしか目に入らない。


オレが大学生の頃、栞ちゃんは12、3歳の子供だったし当然なんとも思わなかった。
今目の前に現れるまで正直存在だって忘れていたくらいだ。
それが一体何だろう。
もう時間もない。なんとかして話をしたい。このまま終わるのはどうしても嫌だ。
そんなことしか頭に浮かばない。
「・・・ちょっと電話してくる」
栞ちゃんが遠くで席をたったのが目に入った。それに合わせて、オレも立ち上がり後を追う。
体が勝手に動く。いてもたってもいられない。
こんなことは29年の人生でたぶん、初めてだ。
「栞ちゃん」
自然に声をかけることが出来た。
「あ、真人さん」
栞ちゃんが振り返って立ち止まる。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・?」
けど、どーすりゃいいんだ。
自然に声をかけたとこまでは良かったが何を言う気なんだ。
そもそも体が勝手に動いたんだから、どうしようも、こうしようも考えてなかったし。
「具合でも悪いんですか?」
何も言わないオレを不信に思ったのか栞ちゃんが声をかけてくる。
「あ、いや。うん、少し会場に酔ったのかも」
しどろもどろってこういうことを言うんだろうな。
自分でも意味がわかんないし。
「あたしもです。たばこの煙でちょっと気持ち悪くて」
たばこ・・・苦手なのかな。
なぜか心の中に「禁煙」の2文字が浮かんだ。
「良かったら少し外の風に当たらない?」
出来るだけ自然に言ったつもりだ。
「はい」
栞ちゃんは普通に笑って返事をしたから、たぶん自然に出来たハズだ。







非常口の階段が開いてて屋上まで上がれた。
満天の星、とは絶対に言えない空だけど間がもたなくて見上げている。
「風が気持ちいいですね。気持ち悪いのも良くなった気がします」
「うん、そうだね」
オレが返事をした後、栞ちゃんは小さく笑った。
「どうかした?」
「いえ、すごく不思議だなって思ったんです。真人さんが大学生の頃は、あたしをからかって遊んでいたのに大人になったら大人として接してくれるんだなって」
「からかってたっけ?」
「からかわれてました」
屋上の柵に手を乗せて楽しそうに笑う。
息が、苦しい。
なんでだろう、タイムリミットのことを考えると心から楽しめない。
「あ、もう終わる時間ですね。戻りましょうか」
腕時計を見て、少しだけ慌てた様子でオレを見上げる。
その様子が中学生の頃の栞ちゃんと重なる。
すっかり忘れていたのに栞ちゃんを見ていると思い出したことが色々ある。
外見は別人みたいになった今の栞ちゃんを見て思い出すなんて不思議だ。
あの頃は何とも思わなかった(からかってたらしいから、面白かったのかもしれないけど)態度さえも、なんというか目が離せない。
一瞬でも見逃すと後悔しそうな気がする。
「うん、戻ろうか」
そう言いながらも心のどこかで「もう少し」と栞ちゃんが言ってくれることを期待してる。
どうしてだろう?
そう思うなら自分で言えばいいのに言葉が出ない。
けど、このまま別れていいのか?
今何か行動をしないと一生後悔するような衝動にかられている。
「神のお告げ」か何かみたいにもう一人のオレが心の中にいて必死に背中を押している。
麻衣と別れる時とは全然違う。
今まで誰かを好きになって付き合った時のどれとも違う。
うまく言葉に出来ないけど、こんなに胸の奥がざわざわするのは人生で初めてだし、きっと最後だと思う。




「栞ちゃん」
さっき廊下に出て追いかけた時みたいに栞ちゃんは立ち止まって振り返ってくれた。
今まで気になった女に声をかける時、こんな風に胸の奥がざわざわして万が一を恐れて言葉を考えられないなんてことは一度もなかった。
別にダメならダメでいいや、と思っていたのかもしれない。
なのに今のオレは何だろう。
何が何でもこの心の中にある気持ちを実現したくて仕方ない。
でも口に出して拒絶されるのが怖い。
もしこの実現のために栞ちゃんから「〇〇してくれたらOKだよ」と言われたら、すぐさまその〇〇を行動に移す。そんな気持ち。




「この先も栞ちゃんに会いたい」
屋上のドアのすぐ側で呼び止めたから真っ暗で表情が見えない。
見えたら見えたでイヤかもしれないけど、見えないのもイヤ。
「それってどういう意味ですか?」
栞ちゃんの声は本当に戸惑っているように聞こえるから、オレの言葉の意味をほとんど理解しているんだろう。
「栞ちゃんが好きだから、付き合ってほしい」
頭の中が真っ白になって、時間が止まったみたいな感じだ。
たいして長くないはずの時間が妙に長く感じる。空気が重たくて、足が震えてきて膝が地面についてしまいそうだ。





「ごめんなさい。あたし、今付き合っている人がいるんです」
















これは今から2年前の出来事。
この時の彼女の言葉を今も忘れることができない。




後編


 

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2005.11.07


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