<ホーム <小説 <戻る

 

第1話  恋愛感情






「兄ちゃん・・・これは恋だろうか・・・?」
オレはため息をつきながらベランダに肘をついてそう呟いた。
2月の北海道なら寒くてベランダに出るなんてしないけど、この街なら上着さえあれば案外平気だ。
「はっ!? 突然どうしたの〜?」
兄ちゃんはオレの言葉にこっちを向いて、珍しく大きな声で驚いた。
「何で月・・・見えないの? 曇ってるよ」
「え? そりゃ、北海道とは違うよ〜」
寒い冬の間は、北海道ではかなり空が明るくて月や星がキレイに見える。
オレは別に天体観測が好きなわけじゃなくて、なんとなく外にいる時に空を見上げるのが好きなだけ。
でもこの街では電線があっちこっちから伸びていて、空を見上げるのを妨げているし、ぼんやり曇っていて全然キレイに見えない。
「つき姉頑張れって言ったんだぁ・・・」
「え? 月子ちゃんがどうしたって?」
オレの高校受験が合格したら、北海道を出て兄ちゃんが暮らすこの街で生活することになるのに・・・。
「オレが居なくなったら嬉しいのかなぁ?」
ベランダにもたれてオレは俯いた。
どうせ月なんて見えないし、空を見上げてる意味がない。
「ね〜。泰希(たいき)話が全然見えないんだけど〜」
兄ちゃんはオレの髪の毛をクシャクシャっと撫でながら、聞いてきた。
「なんだか・・・ズキってしたんだよ、オレ」
そう・・・今までつき姉の応援は嬉しかったし、頑張ろうって思えた。
なのに、今日こっちに来る時につき姉が言った頑張れ、はすごく胸が痛かった。
「・・・・・・泰希〜! わかった、順を追って話してくれる〜?」






                    *











「泰希(たいき)、受験票は持ったの?」
「持った」
「JRの切符と、飛行機のチケットは?」
「持った」
「泰広(やすひろ)とはきちんと連絡とったの?」
「大丈夫! 母さんが緊張するとオレまで緊張するじゃん。これからつき姉のとこ行ってピアノ聞いてから行くから」
「そっか、月子ちゃんのピアノは泰希の元気の元だからね。頑張ってきなさいよ」
「ありがと。じゃ、行ってきますー!」


これからオレは兄ちゃんの通う美並山学園の高等部を受験する。
北海道にあるこの街は大好きだし、家族や友達、つき姉と離れるのも寂しいけど、もっと色々なことを知りたいし、オレが持ってるたくさんの可能性を見つけたい。
だから大きな街で全く違う環境に身をおきたい。そう思って受験を決めた。
美並山学園は文武両道の高校でかなりの難関だけど、その分やりがいだってある。
現在兄ちゃんがそこの大学部の2年生で一人暮らしをしてるから、合格すれば春からは二人暮し。
家族や、幼馴染で今高校3年生のつき姉も応援してくれてる。
絶対に合格してつき姉たちを喜ばせたい。
その前にオレの元気の元のつき姉のピアノを聞きに行こう!










「いらっしゃい、タイちゃん。時間大丈夫?」
呼び鈴を鳴らし、玄関の前で待っていたオレにつき姉はいつも通り優しい笑顔で迎えてくれる。
「うん、あと10分後にそこのバス停から出るので行くから大丈夫!」
玄関を上がって突き当たりの部屋がピアノ部屋。
つき姉のお母さんが『長原ピアノ教室』を家で開いていて週に4回子供たちが習いに来ている。
今日は休みだからおばさんは買い物に出かけているらしい。
オレはつき姉が弾くピアノをいつものソファーに腰をかけながら聞く。
もう10年以上こうしてつき姉のピアノを聞いている。
この音色はつき姉の性格そのもので、優しくて温かくて心に響いてくるからオレは大好きだ。
ピアノの鍵盤から指が離れて演奏が終わる。
「あーっ・・・なんかスッキリしたー」
オレは背中を伸ばした後、ソファーから立ち上がりピアノの側に立った。
「そう言ってもらえて嬉しい」
つき姉の笑顔は本 当にいつも優しくて、これもオレの元気の元だ。
「あ・・・でもこのピアノも4月から聞けなくなるんだな」
つき姉は高校を卒業したら、隣の大きな市にある教育大学の音楽科に行くことが推薦で決まってるから春からもここにいる。
けど、オレがこの街から出て行くとこのピアノを聞くことができなくなる。
分かっていたことだけど、やっぱり少しづつ寂しさを実感できるようになってきた。
「大丈夫だよ、もっと素敵なことがたくさん起きるから」
つき姉も立ち上がってオレに目 線を合わせながら言った。
・・・・・目線が合うのはオレの背が低いからだけど。
「そうかなぁ。うん、でもそうだといいな!」
そうだ。せっかくつき姉のピアノを聞いたばかりなのに、あれこれ考えるのは止めよう。
今は高校受験に合格するのが最優先だ!
つき姉の言う通り、何かいいことがあるような気がして受験を決めたんだから。
「あ、もう行かなきゃ」
バスの時間まであと2分を切ってる。
オレは急いで荷物を持って玄関へ向かう。
「タイちゃん、これお守り」
つき姉がオレにお守りと言って渡してくれたのは、オレが子供の頃から大好きな正方形の形にホワイトで月の絵が書かれているチョコレート。
「サンキュー!」
オレはチョコレートが溶けないように、カバンの一番手前に入れた。
「じゃあ、行ってくる」
チョコとつき姉のピアノと笑顔がオレにすごい力をくれる。
もう心残りなことは全くない。
「うん、行ってらっしゃい。頑張ってね」
つき姉が笑顔で送り出してくれてオレスッキリした気分でバス停へ向かった。
向かっていたハズなんだけど・・・歩く足が止まる。
なんだか引っかかることがあった気がする。
なんだろう・・・ズキズキする。
なんかモヤモヤする。
何とか間に合ってバスに乗り込んでからも、ずっとズキズキモヤモヤが消えない。
どうしてだろう?
つき姉、笑顔だった。
笑顔で受験頑張れって言ったんだ。
オレのことを応援してくれてるだけだなのに。
・・・なのに、どうしてズキズキするんだろう?












「泰希〜。いらっしゃ〜い。こっちは家と違ってもうだいぶ暖かいでしょ〜」
「温かいけど・・・家の中が寒い。なんで?」
「それは・・・エアコンだからです〜」
のんびりした口調がオレの兄ちゃん。
兄ちゃんが暮らすこのアパートは、美並山学園の大学部から徒歩10分。高等部までは20分くらいの場所にある。
5つ年上ののんびりした優しい性格で、あんまり兄としての威厳はないけどオレは大好きだ。
「それより受験はど〜お? 母さんは泰希が全然勉強してないようなこと言ってたけど〜」
兄ちゃんは一人暮らしを初めてもうすぐ2年になるからか、わりと手馴れた手つきで夕食の準備をしている。
「大丈夫、授業聞いてれば解かるよ。それにちゃんと母さんの知らないところで勉強してたし」
オレはその横で慣れない手つきで、野菜を洗って皮を剥く。
「すごいな〜。だって美並だよ〜! その受験をそんな風に言える人初めて見たよ〜」
兄ちゃんはそう言いながら頭をクシャクシャっと撫でる。
これは昔からの兄ちゃんのクセみたいなもので、オレはこれが結構好きだ。
大好きだけど・・・。
「兄ちゃん! じゃがいも切ってた手で頭撫でるのやめてよくれよー。デンプンついたんだけど」
オレは兄ちゃんを見上げて一応睨んでおいた。
兄ちゃんはあははは〜と笑って、手を一応洗った後またじゃがいもを切り始めた。
「どお〜? 自信はあるみたいだけど〜」
「あるよ、だって模試でA判定だし。・・・とか言って落ちたらかっこ悪いよね〜」
「え〜! そんな縁起でもないことを受験の前に自分から言ってる人も初めてみたよ〜! 泰希余裕あるんだね〜」
「だからじゃがいも切りながら頭撫でるのやめてくれー」
あははははは〜じゃないし。
全く・・・本 当に良い兄ちゃんだよな。
カッコイイし、背も176センチもあるし。
オレなんて中学3年生なのに、まだ162センチしかないもんな・・・。
「あれ? そういえば、今日アメフトの練習は?」
「今日はウエイトトレーニングだけだったから、午前中で終わったんだ〜」
普段の性格からは想像もつかないけど、兄ちゃんは大学でアメフトをやっている。
実際に見たことはないけど、高校時代はラグビーもやってたし実は体育会系だ。
「え? 今日大学の授業は?」
「大学生は2月は授業ないんだよ〜」
「マジで! ずりー」
「泰希もいずれなるんだから、ずるくないよ〜」
兄ちゃんがそう言い終わるとほぼ同時にケータイの着信音が鳴り出した。
オレはケータイを持ってないから、兄ちゃんのだ。
「ちょっとごめんね〜」
着信音のメロディーを聞いてすぐにそう言うと、ものすごいスピードで奥の部屋にケータイを持っていった。
5分くらいして兄ちゃんは何事も無かったかのように戻ってきて、今度はニンジンを切り始めた。
「彼女・・・出来たんだ」
オレが呟くように言うと兄ちゃんは一瞬動揺した後、嬉しそうに頷いた。
「好きなんだ? その人のこと」
「えぇ!? 何急に・・・。どうしたの??」
オレがこんな話をするのが珍しいからか、兄ちゃんはすごい驚いた顔をしている。
確かに我が家では恋愛の話をしないのが、暗黙のルールみたいになっている。
ただ単に恥ずかしいからっていう理由だけど。
けど、なぜか今すごくその言葉の意味が気になる。
あんな兄ちゃんを見たのは初めてだし、そう言えば今まで好きな人が出来たこともない。
「好きって・・・何?」
「好きって・・・なんだろう〜?」
兄ちゃんは真剣に悩みながら野菜を鍋に入れている。
オレは一体何をモヤモヤズキズキしているんだ?
明日は受験だって言うのに。
さっきからつき姉の顔が頭から離れない。
頑張れって応援している言葉なのに、どうしてこんなに引っかかるんだろう。
きっと受験には合格する。
もともとそんなに心配してなかったし。
けどソワソワしたし、なんかスッキリしてなかった。
だからピアノを聞いたらスッキリすると思って、つき姉の家に行ったのに。
小中学校の修学旅行も、家族旅行やキャンプの時も、前の日は必ずピアノを聞きに行った。
それも同じでソワソワして落ち着かなかったからだ。
いつもはピアノを聞いたら元気が出てきて、スッキリするのに今日はダメだ。
ズキズキする。
何でだろう。









食事の後、月が見たくなってベランダに出た。
北海道ほどは寒くないけど、9時過ぎになるとやっぱり部屋着では寒い。
それに目 の前にある電線とマンションが邪魔して、月なんて見えない。
「寒くないの〜」
兄ちゃんがスタジャンを持ってきてくれてオレに着せてくれた。
「これね〜。大学のチームのスタジャンなんだ〜。けど、あんまり着る機会なくてね〜」
そう言いながら兄ちゃんもベランダに手を置いて空を見上げた。
「泰希〜。好きっていうのはさ〜」
兄ちゃんに質問してから1時間以上たっている。
通りで今まで口数か少なくなったと思ったら、ずっと考えてくれていたんだ。
オレは黙って兄ちゃんの言葉に耳を傾けた。
「よく分かんないけど、オレは一緒にいたいな〜とか、相手のために何かしてあげたいとか、些細な一言でオレを嬉しくしたり寂しくしたりさせてくれる人を好きっていうと思うかな〜」
些細な一言で嬉しくなったり寂しくなったり?
一緒にいたい?
それなら頑張れっていう一言がズキっときたのは、もしかしてつき姉が好きだから?
もしオレがつき姉を好きだと仮定すると、今までのモヤモヤは受験に合格したら会えなくなるからってのが答え?
つまりオレはつき姉と離れたくないのか?
確かに離れるのは寂しいし、ピアノを聞けなくなるのは辛い。
じゃあ、あの「頑張れ」にズキって来たのは、つき姉はオレに会えなくなるのが嬉しいのかって思ったから?
今までの全てから導き出せる答えは・・・恋?









                       *






「・・・・・っていうわけなんだよね」
オレは一応自分の感じたことの一部始終を話してみた。
兄ちゃんは驚いた顔をしながらも、真面目な顔でオレの話を聞いてくれた。
「けど・・・やっぱり違うな」
「どうして〜?」
「だって10年以上も一緒にいるのに、今までつき姉に対してオレが恋愛感情を持っているとか感じたこともなかったし、急に好きになったりするもんじゃないでしょ?」
うーん、だとしたらこれは一体なんだ?
恋愛感情ってのは、つまり好きってことだよな。
好き・・・つき姉のことは大好きだ。
けど、それは姉ちゃんみたいな好きだと思ってたし、そうだったと思う。
なのに、今日みたいなことがあると途端に自分の気持ちに自信がなくなる。
「泰希〜。急に好きになるものだと思うよ〜。好きになるのに予感はあっても準備とか前置きはないんじゃなかな〜」
「え? そうなの!? 兄ちゃんもなかった!?」
兄ちゃんは目 を丸くしてその後あははは〜っと笑った。
「きっとみんなそうだよ〜。泰希が感じたズキっていうのが予感じゃないのかな〜。それに、泰希は昔から月子ちゃんが好きだったから、大人になって感じ方が変わったんじゃないかな〜」
兄ちゃんはそれから風邪引くから入りな〜っと言って部屋に戻っていった。
そうか・・・オレ、つき姉が好きになったんだ。
姉ちゃんとしてじゃなく、恋愛感情で・・・。
恋愛感情って・・・えぇ!?
オレがつき姉を好き??
マジで!?
・・・・・・・・好きになったら次はどうするんだろう?






 

 

 

次>


<ホーム <小説 <戻る

 

2004.12.06

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送