第11話 ランチ 「泰希って彼女とかいんの?」 「は? ・・・あ!?」 っぶねーー! あまりにも突拍子もないことを言われたから、箸で口に運ぼうとしていた生姜焼きを落としてしまうとこだった! 母さんから「茶碗をもって行儀よく食べる!」と教育されていたことが初めて役に立った。 見事右手の茶碗が生姜焼きをキャッチした!(※泰希は左利きです) ん? じゃなくて。 「そんなに驚くとは思わなかった。無事で良かったな、生姜焼き」 「あぁ、まぁ」 出席番号1番違いの檜山寛治(ひやまかんじ)とはクラスで一番良く話す友達だ。 オレと違ってアメフト部に所属しながら特進クラスというヤツで、今までの人生で出会った誰よりも「直球」という言葉が似合う。 今みたいな関係になってからは今日のように昼休みは学食で二人で食べている。 学食なのはオレも寛治も弁当作ってくれる人がいないから。 寛治の家はこの近郊らしいけど、部活後に帰るには勉強時間をかなり削らないといけない、って理由から学園寮住まい。 それにしても、いつもいつも・・・。 「寛治・・・よく食うな、それ」 寛治の食事の量には驚かされる。 今日の昼ご飯のメニュー、「味噌らーめん、かつ丼、ミニカレー」。 炭水化物ばっかり。 見てるだけでちょっと胸やけ。 「あぁ、オレ体重い軽くて身体も出来てないから、先輩から食えって言われてるんだ」 「へぇ、そうなんだ」 胸やけとかって悪態を心の中でついたことに少し反省・・・。 「あ、そういえば兄ちゃんも高校の頃よりずっと体デカくなったもんな」 「福嶋さんか。確かに全然泰希と似てないもんな」 「うるせー」 図星すぎて悔しい・・・。 確かに顔もあんなにカッコよくねーし、身体も痩せててちっちぇオレとは違う。 「ま、それはいいとして・・・さっきの話。覚えてるか?」 「さっき?」 さっき・・・。 生姜焼き落としそうになったこと、じゃなくてその前の・・・。 「彼女がどーとかってやつ?」 「そぅ、それだ」 寛治は勢いよくかつ丼を頬張る。 無理して食べてるようなことを言ってた割には美味そうに食うなぁ。 「寛治は? いんの?」 「なんだそれ? オレが聞いてんのに」 寛治は今度はらーめんを食べながら笑いながら返事した。 こいつが食うとらーめん、なんか美味しそう。 女子がよく男らしいとかなんとか言ってるのは、おそらく寛治みたいなタイプのことだろうな。 「直球」&「よく食う」&「アメフト部」。 うん、どれをとっても男らしい。 「だよな。オレは、いる」 「やっぱりな」 ・・・やっぱり? 「ははは、お前やっぱり変なやつだな」 何がどーなってそうなったんだ? すげぇ楽しそうに笑ってるけど。 「いや、お前モテそうだからいるだろうなって思っただけだ」 意味不明!! どーして変なやつと言った後に、モテるが続くわけ? 「・・・モテねーよ。チビだし、女子と話すのもそんな得意じゃねーし」 「チビじゃねーだろ。別に普通だろ? これからでっかくなる」 「・・・ありがと」 どう見ても180センチはありそうな寛治に言われてもなぁ・・・。 「それに女子も千代田とはよく話してるじゃねーか」 「は? チョコは女子じゃねーだろ」 いや、一応女子か。 けどオレの中ではそんな風に分類されてねーけど。 「そうか」 「そーだよ」 ん? そーいえば。 「寛治は彼女いるの?」 ・・・あれ? 「いねーなぁ。まぁ、いたんだけど振られた」 やべっ! オレ、空気読もうよ。 今の一瞬の間で感じ取れよ!! 「・・・・・・悪い」 ん? 何か変なこと言ったか? オレ。 寛治がビックリした顔でカレーを口に運んでるし。 「悪い、か。お前やっぱりおかしいやつだな」 「は?」 寛治は本当におかしそうに笑ってる。しかも止まらない。 なんでだ? 普通じゃないのか? 聞かれたくないことを聞いたわけだし。 ん? 「別に謝ることじゃねーよ。気にすんな」 「あ・・・うん」 気にすんな、って言いながら結構辛そうな顔してるじゃんか。寛治。 なんで振られたんだろう。 まだ仲良くなって2ヶ月くらいだけど寛治ってかなりいいやつだし、男らしいと思うけどな。 なんだろう。 すげぇモヤモヤする。 寛治みたいに勉強頑張ってて、部活も頑張ってて、シッカリしててもダメって女子がいるのか? じゃあ・・・オレみたいにまだ何も見つけてないやつはどーなんだろう。 月子にとってオレは好きでいてもらえる存在なのか・・・? 「そんな顔すんな。オレがいじめたみたいじゃねーか」 「あ・・・悪い」 またオレが謝ったからかちょっと寛治はちょっと笑いながらかつ丼を口に運ぶ。 「まーあれだ。心変わりってやつだな」 「え・・・? 寛治の、じゃないよね?」 さっき振られたって言ってたし。 「相手だけど、オレも似たようなもんかもな」 似たようなもん? 寛治が? 「どういう意味? 浮気でもしたの?」 「ははは、近い。・・・かもなぁ。ってオレも女々しいな。ウソだ、全然違う。ただ他に好きな男が出来て、そいつと付き合うことになっただけだ」 辛そうな寛治見ててオレも辛い。 何かがすげぇ気になるし不安になる。 でも寛治の気を楽にしたいから話を聞いてるのか、自分が楽になりたいから聞いてるのか。 全然わかんねー。 月子のために大人の男になるって思ってるのに、全然ダメだ。 「それって全然寛治悪くないんじゃねーの?」 何となく寛治の顔が見れない。 味なんてわかんないけど、ご飯を口に放り込む。 「たぶん、オレ達の場合はどっちか一方しか悪くないってもんじゃねーと思う」 寛治はオレに気を使わせないためかいつものに近い笑顔を見せた。 「オレは中学の時からここでアメフトするのが夢だったんだ。だけど好きだったクラスの女子に2年の時告白されたら嬉しくてさぁ。だからあんまり会えなくなるのわかってて付き合った。3年になってから受験勉強のためにほとんど会えなかったし、合格してからは寮に入ったし、部活で忙しくてほとんど家に帰らなかったしな」 夢中で生姜焼きを食べてるけど、たぶん全く違う食べ物を出されても今のオレにはわかんないだろう。 「まぁ、自分のことしか考えてなかったってことだ」 「なんでアメフト頑張ったらダメなんだ? やりたくて入学したんだろ? 知ってたんだろ?」 「あー、まぁな」 「だったら応援するのが恋人じゃないのか? 支えにならないとダメだろ?」 寛治のことをかばってるのかな? それとも自分の心の不安に言い聞かせてるのかな? 「正論だな」 寛治の言葉にすっげぇ安心した。 「だろ?」 ・・・やっぱりオレは自分に言い聞かせてたのか? 「けどなー。付き合うってのは1人ですることじゃなくて2人だろ? だから正論も2通りあるんじゃねーかな」 「どういう・・・意味?」 またすげぇ不安がオレに襲いかかる。 これで確信した。 オレは自分の不安を取り除きたい、それが1番手間にあるんだ。 「オレから見たら応援してもらって支えになってもらうのが正論だ。でも彼女サイドから見たら、付き合っているのに会えない寂しさを彼氏なら埋めるのが正論だ」 寛治のことが心配なのだって本当だ。 けどオレと月子のことと重なって見えて心配なのだって事実だ。 「けど・・・。譲歩できる方がしないとダメなんじゃないのか?」 オレは今の言葉を一体誰に向かっていったんだ? 「どっちが譲歩できるかなんて、自分の物差しだけじゃ計れないんじゃねーかなぁ。オレだって彼女を失いたくなかったら部活辞めれば良かったんだな。まーできなかったオレも悪い」 オレと月子の間には何にも起きてない。 昨日だって普通に電話で話して切った。 何の不安だってない、ないんだ。 「けど、目標だろ? 辞めれねーだろ」 オレは月子と付き合うことになっても美並にくるのを辞めなかった。 応援してくれた月子や家族、兄ちゃん、圭太。 当然みんなが祝福して、応援しつづけているって思ったから。 「辞められなかったなー。だから譲歩できなかったオレも悪い」 「どーして彼女が譲歩できないのか、オレにはわかんねーよ」 わかんねー・・・わかりたくない。 オレと月子には当てはまんないんだ。 何でこんなに不安なんだろう? 「たぶんな、一方だけが譲歩するっていうのはバランスが悪いからだよ。だから心変わりも仕方ないんだ」 「一方? 寛治だって彼女に会えない寂しさは一緒だろ?」 そうだ、オレも月子も会えない時間は同じだ。 どっちかが一方よりたくさん会ってるわけじゃない。 「寂しさは一緒じゃないだろ。相手の気持ちはわからんし、何よりオレはずっとやりたかったアメフトをやっと始められた」 オレは、美並に合格した。 目標を見つけるために、広い世界で自分の可能性に挑戦するために。 そうだ、月子だって目標の大学に合格して将来に向けて努力してる最中だ。 やっぱりオレ達には当てはまんないんだ。 「会えない時間は同じでも体感する寂しさは人それぞれ違うってことだな。オレもそれに気づくのが別れてからだったから、ちょっと遅かったな」 寛治はそう言いながら笑った。 それから、らーめんの汁を全部飲み干した。 たぶんちょっと寂しい顔になったのをオレに見られないようにしたかったんだ。 「心変わりは仕方ないんだろーな。ま、ずっと同じ想いを抱えつづけるのは難しいってことだ」 ずっと同じ想いを抱えるのは難しいのか? だったらオレの今の不安っていう感情だってきっと明日には変わってる。 そうであってほしい。 「なんか悪いな。飯時に変な話しちゃったな・・・」 「イヤ、いいよ。気にすんなよ。せっかくのランチだから冷めないうちに食べよう!」 「だな。午後から体育だし、しっかり食わないと体もたねーな」 「いや、食いすぎたら逆に身体にわりぃだろ!」 生姜焼き・・・結局全部食べきることが出来なかったじゃねーか! あの後、くだらない話して体育やって生徒会行って。 普通に過ごした。 いつも通りの生活だ。 なのに・・・このモヤモヤしたのだけ続いてる。 今日兄ちゃんが部活の友達と飲みに行くとかで帰るの遅いって言ってたし。 なんか独り分ご飯の用意をするのも嫌だな。 MDコンポから出てくる月子のピアノの音がすっげぇ寂しい気持ちにさせる。 ちょっと泣けてくる。 ってダメだーーーー!! 高1の男子が何を泣いてんだーーーー!! おかしいにもほどがあるだろっ! ダメだ、ベッドにうつぶせなのが良くないんだ。 起きよう!! だいぶ慣れた。 月子のピアノの音が生じゃないことにも、会いたいときにすぐに会えないことにも。 けどやっぱりあんな話聞いた後だと今すぐピアノ聞きたいし、会いたい。 傍にいたい。 無理だってわかっててもなんか胸が苦しい。 月子はオレを好きでいてくれてる。 寂しいとかオレじゃないんだから思ってるわけないし!! 自分が寂しいからって相手もそうだと思うな!! 月子は大人だ!! 「絶ーーーーーっ対そうに決まってる!!」 部屋で叫んでからベランダに出る。 空を見てもいつも通りやっぱりぼんやりしてる月。 電話したい、していいかな。 月子の大学のことは離れているとよくわかんない。 夢に向かって努力してる邪魔したくないし、友達といる時に3つも下のオレから電話がくることで月子に恥をかかせたくない。 どー考えてもやっぱり外見も心も大学生の月子にはまだまだつり合わない。 時間がささーーーっと過ぎて、夏休みになって家に帰りたい。 その時にゴールデンウィークよりつり合う男になってたい。 オレは大丈夫か? こんなに不安でいっぱいで、電話したくてしたくて悶々としてる。 寛治の辛い話を聞きながら、自分だけ楽になろうとしてた。 最低だっ。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!」 やべっ! 夕方7時といえども近所迷惑だ。 ”プルルルルル” !? 月子!! 月子だ。 ケータイの画面にはっきり出てる。 すぐに出て不安をぶつけたい。 けど・・・ダメに決まってんだろーーーーー!! 大きく深呼吸だ!! まずリラックス!! ・・・・・・・・・・・・よし! 「月子? うん、大丈夫。今? あー・・・ベランダで月見てた」 電話ってこういう時最高に便利な道具だな。 最高に嬉しくて幸せでーーーーーーーーっす! って顔しててもバレないし。 『あ、あたしのMD聞いてくれてるんだ。嬉しいな、でも何かあった?』 ツメが甘いな、オレ。 遠く北海道の月子は電話越しでもオレのことを言い当てる。 いつか月子を引っ張っていけるような男になれるのかな? 「何もねーよ。大丈夫!」 バレバレでもせめて意地くらいは残して。 ランチタイムの悪夢はこれでキレイさっぱり洗い流された。 『そう? それならいいね。タイちゃんが元気なら嬉しいよ』 この言葉で今日のイヤな出来事はいい出来事に変換されてしまう。 「すげぇーな」 『え? 何か言った?』 「ううん、何も!」 オレは寛治の言ってる事も間違いじゃないって思う。 けど、オレと月子の間だけには・・・最悪オレ自身には絶対に当てはまらないって今確信した。 オレは心変わりなんてしない。 この気持ちが同じままでいられないなら、その理由は一つだ。 だってなぁ。 悔しいけど、限界だから言っちゃうか。 今より1秒後、1分後の方が。 「めっちゃ大好きだから」 |
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2005.05.08
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