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眠る記憶

 

第2章 記憶(1)  ―シス・レン・シュンラン―





9時30分から始まった面接が10時10分を過ぎても終わらない。
どうなってんだよ。
心の中で、深いため息をつく。
「朝井龍です、受け付けをお願いします」
そんなことを考えていると、また面接の学生が来た。
顔を上げた瞬間、目の前が歪んだ。

懐かしいと感じる光景が目の前に広がる。










オレは誰だ?
ここは・・・?

誰かがオレの目を不安そうに見つめている。
シ・・・オン・・・?
そうだ。
10日後シオンとサラジュの婚姻の儀が行われる。
オレはシオンと一緒に天空宮を出て二人で生きて生きたい・・・
大罪だとわかっていても・・・
彼女にそれを告げにきたんだ。
ついて来てくれるだろうか・・・
「行こう・・・シオン、オレと」
オレは不安で声が震えた
シオンはオレの目を見つめ、微笑みながら頷いた。



クラフトを使いローレルの時間を一時止めた。
高度なクラフトを持つものか、神以外は止めた時間に気づけるものはいない。
誰にも見つからず外に出られる・・・

・・・?
―視線を感じた
誰かに気づかれた!?
こっちをじっと見ている奴がいる…
!?
「・・・サラジュ・・・?」










その名前を口にした瞬間、就職課の景色が見え、一瞬天井が目に映った。
そのままオレは倒れ、さらに深い記憶の中に入っていった。









10日後、シオンとサラジュの婚姻の儀が行われる。
彼女に二度と会えなくなる・・・
シオンを愛している。誰よりも・・・
オレがシス・レン・シュンランだと知ってからも変わらず接してくれた。
彼女はオレの気持ちに応えてくれるだろうか。
でも、オレと生きていくということはここを出ることだ。
大罪だ、見つかればオレはきっと殺される。
いや・・・見つからなくても大罪を犯したものは理の神ベキアの裁きを受け、二度と転生はできない。
これが最後の人生になる。
彼女はオレの気持ちに応えてくれるだろうか。
それを承知でシオンはオレと来てくれるだろうか・・・

シオンは頷いてくれた。
大罪を犯すことになっても、それでもオレと来てくれる
絶対にシオンを守る・・・
ただ、サラジュに対して後ろめたさを感じずにはいられなかった。
シオン以外にオレを理解し側にいてくれた、たった一人の人だったからだ。
サラジュの分も必ず彼女を幸せにする。
目の前で幸せそうに微笑むシオンを見て、硬く心に誓った。



シス・レン・シュンランは五大神の水を司る神サラジュの双子の弟として生まれた。
神が双子で生まれるというのは今までに前例がないとかで、オレは9歳まで天空宮の天水宮から一歩も外に出さず隔離されていた。
オレを生んだ先代のサラジュの伴侶だった母親は、不吉な存在の子をこの世に生み出したと責めたてられ、心の病気になり出産後1年も経たずして亡くなった。
母親の死すらもシス・レン・シュンランの存在のせいにされ、ますます人が寄り付かなくなったらしい。


シオンに初めて会ったのは、オレが9歳、彼女が7歳の時だった。



オレが暮らす惑星ローレルを外部の惑星からの侵略から守るために生まれてくる
一万人に一人のクラフト。
クラフトの力はかなり個人差があるが、五大神のいずれかに順ずる力を持ち、5歳〜7歳くらいでその力が少しずつ目覚め、認定されたものは10歳からクラフトの力を伸ばす訓練や、戦闘に関する訓練などの教育を13歳までうける。
もっとも侵略なんてものは、大昔に一度あったというもので既に聖書に書かれているだけで、実際他の惑星なんかオレは見たこともないけど…
オレは一万人に一人といわれるクラフトのなかでも、半世紀に一人しか生まれないとされる五大神最強のベキアに順ずるクラフトに5歳ごろから目覚めていた。
ベキアはローレル人が死亡した場合の、転生裁判などの人の生死を左右できる力や、時を止めるなどの力を持っていた。
ベキアのクラフトと言っても、そんな力が使えるわけではなく、願った場所に移動したり、時間を止めることなど時に関する力がほとんどだった。
オレは、クラフトを持つ意味を知らなかった。
だからこの力の存在を誰かに知られ、もっと隔離されるのではと怖かった。
「サラジュにだけ、この秘密を教えてあげるよ」
唯一の理解者だったサラジュにだけオレは力を打ち明けた。
それから数日たって、オレに話しかけることなどほとんどなかった先代のサラジュである父親から呼ばれ、おれはクラフトの認定を行うジジイどもの前に連れて行かれた。
そのおかけでオレは初めて外に出ることが出来た。
やっと外に出られた日、嬉しくて天空宮中を探検して歩いた。
散々探検した最後に絶対に入ってはいけないと教えられたオーニソガラムの前にいた。


入ってはいけない場所だと聞いたような気がするけど…
一瞬躊躇したが、初めて外にでた嬉しさでHighになっていたのだろう。
見つからないように、オーニソガラムの誰もいないところに出られるようにクラフトを使い移動した。

オレが最初に見た光景は、一面に広がる花畑の景色…
その時、オレは生まれて初めて花を見た
天水宮と違いオーイソガラムのその場所には眩しいくらいの光が差し込んでいた。
気づいたときには目からたくさんの涙が溢れていた。
自分が孤独な生活を送っていたことを認めたくなくて、サラジュ以外の人間から自分から距離をおいて暮らしていた。
人と会話することもなく、窓から外を眺めることもなく。
ただ、じっと自室で自分に“孤独ではない”と言い聞かせていた日々・・・
それを思い出していた。
この景色を見て、オレはやっと人間として感動することが出来るのだと、そんな感情を持っていたのだと気付いた。
この時見た景色をオレは今でもハッキリと思い出せる。





そのままその場所で何十分立ち尽くしていたのだろう。

“ガサッ”
後ろから花畑を掻き分ける音がした。
驚いてオレは振り返った。

オレと同じ年頃の女の子だった。
何十分も泣きはらしたオレの目はかなり腫れていただろうけど、その女の子の目も
真っ赤に腫れていた。

9年間数人の人間しか見たことがなく、しかも自分と同じ年頃の女の子を見るのが初めてだったオレはどうしていいか分からず戸惑っていた。
その女の子も、立ち入り禁止のはずのオーニソガラムに男がいたのに警戒しているようだった。
「誰?・・・」
先に口を開いたのは、その女の子だった。
「オレはっ・・・シュンラン」
始めの自己紹介、オレは戸惑っていたから声が裏返ってしまった。
一瞬大きな目を開いてビックリした顔をした女の子だったが、すぐ警戒心をうしなったのか、笑い声をあげた。
その笑った顔がすごく可愛くてオレ一緒に笑った。
「君は?」
「シオン」





それから、色々な話をしてオレ達はその間ずっと笑っていた。
「シオーン!どこにいるのー?」
遠くからかすかに女の子を呼ぶ声がした。
「行かなくていいの?」
動こうとしない女の子に声をかけた。
それでも、下を向いたままじっと動かなかった。
「シオーン?」
さっきより少し近くから、女の子を呼ぶ声がした。
女の子はオレの服の袖をギュッと握った。
「シュンラン・・・また遊んでくれる?」
下を向いたまま女の子がオレに言った。
声が震えていて、必死に振り絞ったように聞こえた。
「もちろん」
オレは気付かなかったフリをするために、明るい声で答える。
安心したのか、女の子はオレを見上げてニッコリ笑った。
「約束だよ」
そう言って、その場から女の子が走り去っていった。
これがシオンとの出会いだった。





『五大神は生まれたときから、自分の司る使命の玉を持って生まれる。
玉と同色の瞳を持つものは、神の伴侶となるべく出世時より10日後に天空宮の使者が迎えに来る。
またその伴侶の出生に携わった家族は、神の親族として天空宮のオーニソガラムでの生活を許される。
神の18歳の生誕際で、伴侶として生まれたものと婚姻の儀を行いともに生活し、次代の神を誕生させる。』
天空宮についてほとんど知識のないオレに、クラフトの教育が始まる前に最低限学ばせるためにつけた父親がつけた教育係にそのことを教えられた。
シオンに会った翌日だった。

シオンの瞳はサラジュの玉と同じ色だった。


オレは気付かないフリをして、週に一度はシオンの所に遊びに行った。
ホントはもっとシオンのところに行きたかったけど、クラフトの勉強を受けるために天空宮の教育機関に入り、寮生活を送っていたから、週に一度の自由時間にしか会いに行くことが出来なかった。





初めてシオンに出会った花畑はオーニソガラムの一番隅のほうにあり、中にもっと手入れされた花畑があるためほとんど人が来ることがなく、オレとシオンの二人だけで会える格好の場所だった。その花畑を二人で、ルノアと付けた。ローレルの言葉で、“秘密の場所”という意味だ。


二人でくだらない話をしながら笑いあう。
その時間がオレにとって待ち遠しい幸福な時間になった。
でも、初めて会った日シオンがなぜ目を腫らしてルノアに来たのか。
それだけは聞いてはいけないような気がして、ずっと聞けずにいた。
シオンもオレがあの日泣いていたことについて、何も聞いてこなかったし、素性について話して、嫌われるのが怖かったから理由を言えないでいた。



シオンに会う前の日は、嬉しくてドキドキして眠れなかった。
シオンに会った日は、せつなくて、胸が痛かった。
シオンの側にいたい・・・
ずっと・・・
この気持ちは自分の中で生まれた初めての感情だった。
叶うはずのない願いだとわかっていても、願わずにはいられなかった。
きっと、初めて会った時から・・・





13才になり、オレはクラフトとして天空宮の警備に当たった。
クラフトの教育機関を卒業したので、オレはまた天水宮で暮らし始めた。
侵略がなくても、クラフトは普段は警察のような仕事をしていた。
だから、かなり忙しかったけど、なんとか時間を見つけてシオンには週に一度は会いに行った。
彼女とは、コキアを使って心で会話が出来るようになっていた。
コキアは神の伴侶となるものが神と婚姻の儀まで会うことが出来ないので、その代わりに心で通信をしお互いを知るための手段だ。
その力は伴侶と神に生まれながらに備わっているもので、通常その2人の間でしか使えない。
オレがきっとサラジュの双子の兄弟だから、神と伴侶にしか使えないがコキアが出来たのだろう・・・
コキアがオレとシオンの間でも使えるとわかったのは11才の時だった。
それ以来、ルノアでの待ち合わせにこの力を使うようになった。
本来はサラジュとシオンの2人がお互いを知るためにある力・・・
それは少し悔しいけど、この力はありがたかった。





この日も、シオンと約束してルノアで待ち合わせしていた。
シオンは初めて約束の時間に遅れてきた。
「ごめんなさい・・・ちょっと本に夢中になっていて・・・」
シオンは微笑みながらオレにそういったけど、嘘だとわかった。
綺麗な蒼い瞳が、初めて会った日と同じように真っ赤に腫れていた。
「シオン・・・」
何て声を掛けたらいいのか分からなくて、シオンをそっと抱きしめた。
シオンは一瞬戸惑ったのか固まって動かなくなってしまった。
けど、何も言えないオレの情けない顔を見られたくなくて、そのまま抱きしめていた。
フッとの肩の力が抜けたと思った瞬間、シオンの体が震えだした。
声を出さずに、彼女は泣き出した。
何も出来ない自分が、ますます悔しくて悲しかった。


「ごめんね・・・」
どの位の時間が経過してからだろう・・・シオンがオレの胸に顔をうずめたまま口を開いた。
「別に・・・なんもしてないから」
オレは彼女の髪の毛を撫でながらそう返事をした。
泣いている理由が、すごく気になったけど聞けなかった・・・
オレは聞けない自分と、言えない自分を誤魔化したくて言葉を捜した。
「オレ・・・オレの名前・・・」
色々言葉を捜して行き着いたのが、自分の素性をシオンに話したい、だった。
4年近くもシオンをだましている気がして後ろめたかったという気持ちもあった。
けど、それ以上にシオンの泣いている理由が聞きたかった。
だから、まず自分から秘密を打ち明けようと思った。
「・・・シス・レン・シュンランって言うんだ」
言ってみたものの、彼女の反応が怖くてオレは言った後動けなくなった。
早く反応が知りたい反面、シオンが口を開くのが怖い。
そんな複雑な感情だったから、すごく時間が長く感じた。
「固まってる」
そう言って微笑みながら彼女が顔をあげた。
“かっ可愛い・・・”
そういいながら笑った顔が、あまりにも可愛く見えてビックリして抱きしめていた腕を放した。
それでもシオンはずっとオレに向けて微笑んでいた。
「あたしは蒼・ラス・シオンだよ」
突然彼女がそう言った。
知っていたけど、オレは一瞬ドキっとしてシオンみたいに笑えなかった。
「知ってた・・・かな?目、見たらわかるよね・・・」
オレの表情を見て、シオンはそう言った。
気にしてないフリをしたかったけど、シオンの口からハッキリ聞いて、急に夢から覚めたような気がして顔が強ばったままだった。
「蒼・ラス・シオンは、サラジュさまと結婚して、次のサラジュさまを生んで・・・その後何者になるんだろう」
彼女はオレの顔を見ないでそう言った。
シオンの言った意味がオレにはすぐに理解できた。
オレは、何者なのか・・・一体なんのために生まれてきたのか・・・そう思って生きてきたから。
「シス・レン・シュンランは、何者でもなかったよ・・・9年間。なんの価値もなくて、むしろ誰もオレの存在は望んでなかったし」
オレは冗談を言うように笑いながら言った。
それから、シオンを抱きしめた。
「それでも、オレにはクラフトがあることがわかって、生きてていいって初めて言われたような気がしたんだ・・・それに・・・シオンに会えた。“また遊んでくれる?”って未来の約束をしてもらえた。それで、オレは明日も生きてていいんだなって、生まれきて良かったんだって思えた・・・」 
オレはさらに強く抱きしめた。
シオンもオレの胸に深く顔をうずめて、ギュッと抱きしめ返してくれた。
「シュンランに初めて会った日、お母様に“シオンはサラジュさまを生んで、私達家族を幸せにする。その為に生まれてきたのよ。だから、私達の幸福と、サラジュさまを誕生させる。それだけを考えていればいいの。それがシオンの生まれてきた価値なのよ”って言われたの・・・」
彼女がそっと話し出した。
「それまで、あたしは幸せに結婚できるものだと思ってた。とても名誉があって、幸せな結婚生活。サラジュさまを生む・・・それから先の生活なんて考えたことがなかったんだ・・・」
彼女の声が震えだした。泣いてる・・・理由を聞いても何も言ってやれない自分に腹が立った・・・悔しかった・・・
「シオンという人間は、お母様の言う通り家族の天水宮での生活を守るために生まれた。蒼・ラス・シオンという人間はサラジュさまを生むためだけに生まれた。だから私を必要とされるのはサラジュさまを生むまで。それから先は家族がここでずっと暮らせるようにじっと暮らすだけ・・・生んだ子供にも二度と会えないのに・・・」
次代の神を生んだ神の伴侶は神に会うことは、叶わない。
神とは尊い存在だから、母親といえども軽々しく会えないというのがローレルの聖書にも書かれている。
「サラジュはいい奴だよ。きっと幸せにしてくれる」
オレは彼女を安心させたくて、そう言った。
実際、サラジュはホントにいい奴だった。
神はそもそも感情の高ぶりなどはタブーだ。
それでも、選ばれたものだけが持つオーラやすべて包み込むような優しさは、父親のサラジュとは違い、本物の神だとオレは思っていた。
父親のサラジュはオーラこそは合ったが、いつもオレを冷ややかな目で見ていた・・・
“いらないものだ”そう目がいつも言っていた。
でも、本当はサラジュにもシオンを渡したくない・・・
心ではそう思っていても、言えるはずはなかった。
「知ってるよ・・・コキアで話してるから」
オレの胸に顔をうずめたままそう言った。
「シュンランに似てる?」
シオンはそう続けた。
「どうかな・・・でも顔はオレの方が男前だけどね」
オレは笑って欲しくて、冗談っぽくそう言った。
「そうなんだ・・・がっかり」
苦笑しながらオレの顔を見上げてそう言った。
笑ってくれたのは嬉しかった。
でも、シオンを幸せにできるのはオレではないと自分から認めてしまったような気がして、その後何日も心が晴れなかった。





 

 

 

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