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眠る記憶

 

第2章 記憶(2)  ―蒼・ラス・シオン―





初めてシュンランに会った日、彼が名前を名乗った時点でサラジュの弟で禁忌の存在だと教えられてきた人物だと気づいた。
イメージと全然違うシュンランに、驚いたけど自分とどこか似ている気がして他人とは思えなかった。
私の気持ちを1番理解してくれる気がした。
“シュンラン・・・また遊んでくれる?”
そう言ったのも、彼の今までの孤独を自分がその日母から言われた言葉と重なったからだった。
彼といるときだけは、次代のサラジュさまを生んだ後の価値のなくなる自分のことを考えなくて良かった。
ただ楽しくて、嬉しくて、幸福な時間。
無理だとはわかっていても、彼の側にずっといられたら・・・
そんなことばかり考えるようになっていた。
シュンランがあまりに優しいから、もしかすると彼も私と同じ気持ちでいるのではないか。
そんな勝手な妄想をしていた。
それを今日シュンランに否定されたような気がして、私は何もする気が起きなくなってふさぎ込んでいた。
“サラジュはいい奴だよ。きっと幸せにしてくれる”
その言葉が何度も私の頭の中を駆け巡った。
自分の運命を呪ったりもしていた。
“もし、私の目がサラジュさまの玉と対になっていなければ”
“もし、シュンランがサラジュさまだったら”
“もし、シュンランが私をさらってくれたら”
もし・・・なんてありえないことばかり
そもそも、私の目がサラジュさまの玉と対になっていなかったらシュンランに会えなかったじゃない・・・
何を勝手なことばかり考えているのだろう・・・
涙が止まらない・・・
シュンランにあの日会わなかったら・・・
一瞬そんなことを考えてしまった自分がたまらなく嫌になった。
シュンランのいない生活なんて考えられない。
私が、何も言わずにここでサラジュさまの伴侶として暮らしている間はシュンランに会える・・・
シュンランに恋人が出来るまではきっと・・・
それまでは、嫌われないように彼との時間を大切にしよう。







サラジュさまの18歳の生誕祭、婚姻の儀まであと2週間になり、私は、2ヶ月前16歳になった。
婚姻の儀が行われた後、私はサラジュさまや、シュンランが暮らす天水宮で生活するようになる。
オーニソガラムより、人の目がきっと多くなる。
シュンランと同じ建物で暮らせると言っても、今までのようにはきっと会えない。
婚姻の儀、サラジュさまを誕生させる・・・
それが私の使命。
それが、私の生まれてきた理由・・・
その後・・・私はどうなるの・・・
シュンランに二度と会えないのかもしれない・・・
色々な不安が私を襲った。
怖い。涙があふれて止まらない・・・
私はベッドに顔をうずめた。
シュンランに会いたい。
シュンランに会いたい。
シュンランに会いたい。
それだけが私の心を支配していた。
“シオン”
シュンランからコキアでの通信が来た。
瞬間に涙が止まる。
見られているわけじゃないのに、身だしなみを整える。
“今日会えないかな?”
会いたい。
“うん、大丈夫。シュンラン今日は休み?夕方には、時間できるけど大丈夫かな?”
本当は今すぐにでも会いたいけれど、これから婚姻の儀の衣装合わせと打ち合わせが合ってできなかった。
“今日は休みだから大丈夫だよ。じゃあルノアで6時に待ってる”
“うん、終わり次第すぐに行くね”
シュンランとのコキアは、待ち合わせ以外には使ったことがない。
彼への思いを少しでもセーブしたくて、それ以外は我慢していた。
本当は会うのもいけないのはわかっていたけど、それだけは無理だった。
サラジュさまとはよくコキアを利用して連絡をとっていた。
その為にこの力があるのだから当たり前なのだけれど。
だから前にシュンランがサラジュさまを“いい奴”と言っていたのは納得できた。
きっと、彼の孤独を支えてくれた人なんだろうな。
シュンランに対する感情とは全然違うけれど、簡単には言い表せないような気持ちにさせる人。
けれど、長い間コキアでの会話を通じて、恐れ多いけれど兄のようにさえ思える。
そんな近しい存在にさえ思えてしまう。
本当に不思議な感情を抱かせる人。
水を司る神様だけあって、辛いことがあった日に、お話するとそんな気持ちを洗い流してしまうような包み込むような優しさをもった人。
本当に神様に相応しい人。
他の4人の神様も、こんな風に包み込むような優しさを持っているのかな・・・
   
“コンコン”
ドアを叩く音がした。
「シオン、入るわよ」
「お母様・・・」
慌てて時計を見ると、衣装合わせの時間が過ぎていた。
「ごめんなさい、今行きます」
ベッドから起き上がり、戸のほうへ向かう。
「いいのよ、もうあと2週間だもの。緊張や興奮で時間がたつのを忘れてしまうのもわかるわ」
いつもは厳しいお母様が、今日は優しく微笑みながら言った。
安心してるのかな・・・
「シオンは幸せなのよ、サラジュさまを生むことが出来て。おかげで家族全員が幸せになれるわ!」
声高らかにお母様が言う。
私は当然記憶にないけど、私が生まれる2年前お父様は罪を犯した。
ローレルは五大神の加護によって、災害が起こることもないし、人々に貧富の差が生まれないように、お給料も家族1人に対しての額が決まっている。
それでも、罪を犯す人は存在する。
罪を犯したものの家族は、判決によって異なるけれど神の加護が及ばないエンレイという場所で、自給自足での生活を強いられる。神の加護がないのだから、自然災害などが起きることだってあるから、食べ物もままならないこともある。
償いが終わって、元の生活に戻っても周りの人たちの目までが元通りなわけではない。もともと人一倍人目を気にするお母様にとっては地獄の生活だったと聞かされていた。
お父様の刑は4年間だったけれど、私が生まれたことでエンレイから天空宮へと生活を一転させた。
もの心がついた頃には、お母様はいつも“シオンが私達に幸福を運んできたのよ”と言われていた。
だから、私はこの婚姻の儀は自身をも幸福にしてくれるものだと信じきっていた。
伴侶となったものは、神の暮らすそれぞれの宮で一生涯暮らす。
神以外の子をなす事は禁忌とされているから、生涯自分の胸に子を抱くことは出来ない。
伴侶となったもののその後については聞いたことがない。
シュンランのお母様が亡くなったことは知ってる。シュンランという存在が殺したのだと・・・
それが、シュンランに責任転嫁した都合の良い作り話であることは彼を見ていてわかる。
シュンランは私にとってかけがえのない人。
生まれなくて良かったわけがないから・・・






6時を少し過ぎて、急いでルノアに向かった。
彼はいつもの所に腰をかけて、花畑をじっと眺めていた。
すごく、悲しい目をしている・・・
初めて会った日と同じ目。
「シュンラン」
私は、彼の横に向かって歩きながら、話しかけた。
シュンランはゆっくりこっちを振り向いた。その顔は、いつもと同じ優しい笑顔。
「何かあった?」
悲しい目が気になって、そう切り出した。
「・・・あった」
少し間を置いて、シュンランがいつものように冗談っぽく返事をした。
「私じゃ力になれないよね・・・でも、聞くことくらいなら出来るよ!それで気持ちも少しは楽になるかも!」
シュンランの気持ちを少しでも軽くしたくて、彼の目をじっと見つめながら必死で言った。
彼は暫くだまって私を見つめてくれたけど、フッと一瞬あの悲しい目をした。
「シオンはホントに可愛いなぁ」
シュンランはまた冗談っぽくそう言うと、私の顔をギュッと彼の胸のところに持っていった。
「シュンラン?」
私は意味がわからず顔を上げようとしたけれど、抱きしめる力が強くて出来なかった。
それでも、彼の胸に抱きしめられているのが嬉しくて、幸せで、暫くそのまま胸に顔をうずめていた。
もう二度と、こんな風に抱きしめられることなんてないのかな・・・
冗談でも可愛いなんて言ってくれることもなくなる。
今までの彼との時間も、もう思い出の中での出来事になってしまう・・・
そう思うと、この幸せな時間も辛いものになってきて、涙がこぼれてきた。
「シオン・・・?ごめん、嫌だった?」
シュンランはそう言いながらも、私をきつく抱きしめていた。
その声がいつもの優しい声だったから、ますます涙がこぼれた。
「ううん。違う、嫌じゃない・・・嫌じゃないよ」
「そっか。なら良かった・・・もう少しこうしていていいか?」
シュンランも泣いているのか、声が震えている。
「シュンラン・・・」
彼に何があったのか私にはわからなかったけど、それ以上は何も聞けなかった。
何も言わないってことは、私じゃなんにも出来ないってことだから・・・
これが、シュンランと会う最後の日になる・・・
だから、これ以上何も考えないでこのこの幸せな時間を過ごそう・・・
シュンランの顔を私の目にしっかり記憶しよう。
このぬくもりも、香りも、声も・・・






シュンランと最後に会ってから、4日がたった。
彼のことを考えなかったことは1秒たりともなかった。
会いたくて、会いたくて・・・
“シオン、今少し時間ありますか?”
サラジュさまからの、コキアだ。
サラジュさまと会話するのも、久しぶり。
“はい、大丈夫です”
サラジュさまの声を聞いて、少し元気がでた。
やっぱり、不思議な人。
“あと、10日で婚姻の儀ですね。・・・声に元気がなさそうだけど、大丈夫ですか?”
“すみません。ご心配をおかけして。大丈夫です・・・”
あなたは本当に優しい・・・気づかれないように、普通に話しているのに私の心が見えているみたい・・・
“シオン・・・私はあなたに何もしてやれないかもしれない”
サラジュさまは、いつもの優しい不思議な声でそう言った。
“いいえ。いつも、とても励まされております・・・私自身に問題があるのです”
“そんなことはない。私はシオンに幸せになって欲しいと願っています。君はそのために生まれてきたのですから・・・”
あなたには、私の心がわかるの・・・?
私のその思いはシュンランにしか言っていないのに・・・
“それを伝えたかっただけです。あなたの幸福を願っています”
“サラジュさま!私は・・・”
シュンランと生きていきたい。
そう言いたかったけれど、彼に迷惑がかかる。
シュンランがそれを望んでいるわけでもないし・・・
そう思ってそれ以上何も言えなくなった。
サラジュさまも何も聞かなかった。
コキアはそれで終わった。
私は幸せになるために生まれてきた・・・
そんな風に誰かに言われたのは初めて・・・
私はどうしたいの?
私がシュンランに思いを告げて万が一その気持ちに応えてくれたとしても、それは大罪だ。
それを承知で、シュンランが来てくれるのだろうか・・・


「シオン」
突然後ろからシュンランの声が聞こえた。
シュンランがクラフトでここに来たのは初めてだ。
約束なしで会うのも初めて。
シュンランに何かあったのかもしれない。
彼が突然来たことで心配になったけれど、会えたことがなにより嬉しくて、思わず駆け寄って抱きついていた。
シュンランも抱きしめ返してくれたけれど、すぐに私を自分の前に立たせた。
私の肩を両手でグッと握って、何も言わず暫くじっと私の目を見つめていた。
「行こう・・・シオン、オレと」
シュンランが突然そう言った。声が震えている・・・
私は、そのままシュンランの目をじっと見つめながら頷いた。
嬉しい。夢を見ているのかしら・・・
幸せ過ぎて、それからのことなんて何も気にならなかった。
自然に笑顔がもれた。
シュンランがそんな私を見て微笑んで、それからギュッと抱きしめてくれた。
そのまま私たちはシュンランのクラフトを使い、誰にも気づかれることなく天空宮を出た。
途中、シュンランがサラジュさまの名前を呼んだ気がしたけれど、私は突然訪れた幸福でそれ以外のことを考えていなかったから、その言葉を気に止めなかった。





 

 

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