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眠る記憶

 

第3章  瞑想(1)― 朝井龍 ―






長い夢から醒めると、病院のベッドの上にいた。
横を見るとハナと就職課の受付にいた、『中澤愁哉』って人も目を醒ましたとこだった。
「目が醒めたみたいね・・・安心したわ」
母さんと、萌ちゃんがベッドの横からホッとした顔で言う。
「母さん。萌ちゃんも来てくれたんだ。心配かけてごめん。ところで今何時?」
長い時間眠っていた気がする・・・。
どのくらいの時間がたっているんだろうか。
「お昼の2時15分よ。もう、心配したのよ。お医者様も、原因がわからない。寝ているとしか言えないって言うし・・・」
2時15分・・・じゃあたった4時間位しか経ってないんだ.
何年分もの夢を見ていたから、何日も寝てたかと思ったけど。
それにしても、二人ともすごく心配してくれたんだな・・・。
でも医者の言うように、ホントに寝て夢を見てただけなんだけど。
変な心配をかけてしまった。
「愁哉・・・」
横をみると、中澤さんの奥さんらしい人が心配そうに見つめていた。
奥さんの横には、1〜2才位の女の子もいる。
娘かな・・・若く見えるけど結婚してるのか。
確かオレより6年位早く死んでるんだから、死後すぐ転生させるローレルのベキアの力を考えると中澤さんは27才くらいか。
ベキアはオレの頼みを聞いてくれたんだな・・・。
でも、サラジュの記憶が所々抜けている。
夢が途中乱れたり、いきなり違う場面に飛んだりしていた。
思い出したくない記憶だろうか。





「大丈夫だから、心配しなくていいよ」
中澤さんが奥さんらしき人にそう返事をしている。
そう言えば人一倍元気なハナの声がさっきから聞こえてこない。
「ハナ、大丈夫か?」
そう声をかけたけど、ハナは黙って頷くだけだった。





「じゃあ、萌とお母さんで会計してくるから、ロビーでハナと待ってて。中澤さんもお大事にして下さい」
母さんがそう言って、中澤さんたちに会釈した。
中澤さんと、奥さんらしき人も母さん達に会釈した。
母さんと萌ちゃんはオレ達に手を振りながら二人で病室から出て行く。
「じゃあ、あたしも行って来るね。大学にも連絡しておくから。そちらのお二人もお大事にね」
奥さんらしき人も会計するらしく、オレとハナに頭を下げた後、中澤さんに手を振った後、女の子の手を引いてここを後にした。
その左手の薬指には、シルバーの指輪がはめられていた。


ハナと中澤さんは黙ったまま、何も話さない。
オレもなんて言ったらいいかわかんなくて、黙っていた。
中澤さんが、シュンランの生まれ変わり・・・。そして、ハナがシオン?
いつものハナからは想像もつかないけど、今は納得できるような仕草をしている。
何も話さないけど、シオンのような女性らしい仕草。
ハナじゃない・・・。
一体どうして、記憶が戻ったんだ?
3人が、同時に出会ったからか?
よくわからない。
大事な何かを忘れている気がする・・・。


しばらく病室に、しんとした空気がながれていた。
色々聞きたいことがある。
二人は、完全に記憶が戻ったんだろうか。
オレの忘れている何かを、知っているだろうか。
でも、聞くのは少し怖い。
・・・。
ふと病室の時計を見ると、30分近くたっている。
そろそろ行かないと母さんと萌ちゃんが心配する・・・。
何か聞かれてもなんて答えたらいいかわかんないし。
どうしても聞きたくなったら、また会える。
「ハナ、ロビーに行こう。母さんと萌ちゃん待ってるし」
ハナはまた黙って頷いた。
声をかけても、元に戻らない。
ベッドに横になっているハナは、あの時のシオンと重なって見える。




「先に失礼します」
そう中澤さんに一声かけて、病室を出る。
ハナは何も話さないから、沈黙が続く。
ロビーに向かって歩いていると、後ろから走っている足音がした。
「あの! ・・・倉田花凛さんと、朝井龍くんだった・・・かな?」
足音は中澤さんだった。
「そうですけど・・・」
「また、会えないかな。話がしたいんだ・・・」
返事をしたオレの目をまっすぐに見て、中澤さんがそう言った。
・・・シュンラン?
オレをまっすぐに見つめる中澤さんの瞳が、シュンランのそれと重なって見えた。
やっぱり中澤さんは、シュンランだ・・・。
オレを見る中澤さんの目を見て確信した。
サラジュの時に見ていた、シュンランの目まっすぐな瞳。
変わってない、そう思った。
「大丈夫です、会えます」
オレは思わずそう答えてしまった。
いや・・・オレじゃない。サラジュがそう言った。
変わっていないシュンランが嬉しかったからだと思う。
ハナの様子が気になって、横に目をやった。
ハナはじっと中澤さんの顔を見つめていた。
何も言わずにただじっと・・・。


「オレ、今は中澤愁哉っていいます」
中澤さんはそう言って名刺を2枚出して、裏に携帯番号を書いてオレ達にくれた。
名刺には『学校法人 美並山学園大学 就職課 中澤愁哉』と書かれていた。
差し出した手には、奥さんらしき人と同じ指輪がはめられていた。
「連絡待ってるから・・・」
「はい、必ず連絡します」
彼の目が、本当にシュンランと同じだったから、オレはハナの意見も聞かずに約束してしまった。
中澤さんも小さく頭を下げると、奥さんの待つロビーに向かって行ってしまった。
ハナはじっとロビーへ向かう中澤さんの後ろ姿を見つめてた。





家に着いてからオレは、疲れたからもう休む、と母さんに告げて自室のベッドに横になっていた。
どうしてオレは地球に転生しているんだ・・・。
その辺りの記憶も思い出せない。

ベキアがそうしたのか・・・?
一体なぜだ?
わからないけれど、ベキアが意味なくそうするはずはない・・・
私が何か、ベキアに言ったのか?

「あーわからん!」
全く思い出せず、思わず独り言を言ってしまった。
思い出さない方が、良い記憶なんだろうか・・・。

でも、良かった・・・
シュンランとシオンとこうして地球で会えたということは、彼らの魂は消滅を免れたんだ・・・。
ベキアはあの日のオレの願いを叶えてくれたのか。
でも、オレが彼らにしたことは、本当に良かったのか・・・

急に自分の意識が小さい箱のようなものに入るような錯覚を覚える。
自分が誰だかわからない・・・さっき就職課で倒れた時と同じ感覚だ。
「オレ」という意識が箱の中からサラジュの意識を見ている。


今、意識の表面にいるのは・・・サラジュ?








あの日・・・
シュンランとシオンが天空宮から駆け落ちした日。
私は二人を見送るために、シュンランが通るであろう裏口の前で待っていた。

二人がオーニソガラムで会っているのに気づいたのは、11才の時だった。

シュンランがクラフトとして認定された半年後、先代のサラジュがなくなり、私が跡を継いだ。
シュンランも、クラフトの教育機関に入ったこともあり、中々会えなくなった。
久しぶりに遊びに来てくれたシュンランは、私以外に心を開こうとしなかった9才の時の顔つきと全然違っていた。
誰か信頼の置ける人間でも出来たかと思って、とても嬉しかった。


私はシュンランにずっと負い目を感じていたから・・・


たまたま先に生まれた私の額には玉があった。
それによって私は『水を司る神サラジュ』として、国から祝福を受けた。
その祝福は「私」という存在に向けられたものではない。
額に蒼い玉を持っていれば、別に私でなくても良いのだ。
国の民の望みは、ただ一つ、ローレルの水資源の供給は守られ自分達は幸福に暮らせること。
『サラジュ』が誕生したことで我々国民の生活の保障ができたと・・・そのことへの祝福だ。




シュンランは生まれたときから、天水宮の自室から出ることを許されず孤独に暮らしていた。
会える人間はごく少数で、天空宮の中でも存在していることを否定されていた。
でも、彼が生まれたことは天空宮の中で噂になり、負の出来事すべての原因にされていた。

それでも、私はシュンランを羨ましく思っていた。
母親に愛されていたからだ。
シュンランは覚えていないだろうけど、私には生まれたときからの記憶がある。
思考や体は子供でも、能力は生まれながらに備わっているからだ。

私たちの母はシュンランをこの世に生み出したことで亡くなったと天空宮では噂されている。
シス・レン・シュンランという存在が、母の命を奪ったと・・・。
でも実際は違う。

シュンランは本来は禁忌な者として処刑され、存在をローレルから消されるはずだった。
ところが、母は赤ん坊だったシュンランから片時も離れなかった。
そのため、危険な存在としてシュンラン共々隔離されたが、処刑の危機を回避した。
もともと体が弱かった母は、病状が悪化してもなおシュンランから離れようとしなかった。
そんな母に、父は手を差し伸べることもないまま彼女は亡くなった。
母は、自分自身の命を賭けてシュンランを愛し、守り抜いた。
その熱意にプラスして、禁忌の存在とされている彼を処刑した後にどんな災いが起こるかわからない、と反対する者たちの数が増えたことも幸いした。
根負けしたのか、シュンランを処刑しようとするものはいなくなった。





私は、母がそこまで愛したシュンランのことが気になって、力を使い会いに行った。
もちろん彼に会うことは禁止されていたし、父も良くは思わないだろう。
それでも会ってみたかった。
彼の目はまっすぐ私を見つめていた。
その目は隔離されている人間とは思えないほど澄んだ瞳をしていた。
母に愛されて育った純粋な人間の目・・・
そう思った。
最初は驚いたような顔をしていたシュンランだったけど、すぐに打ち解けた。
彼は私に対しなんの恨み言も言わず、笑って話し掛けてくれた。
それがさらに私に後ろめたさを感じさせたが、彼といる時間が楽しかったから誰にも内緒で時間を見つけては会いに行った。


私の中で、シュンランは大切な存在になっていった。
私のこの世でたった一人の兄弟、もう一人の自分。





私たちが9才になった時、シュンランに理を司る神ベキアのクラフトがあるとわかった。
これでシュンランが自由になれる、そう思ってすぐに父にそれを伝えた。
父は私がシュンランと会っていたことには、予想どおり良くは思わなかったようだ。
しかし、半世紀に一人と言われるベキアのクラフトは40年間不在だった。
そうなると話は違うらしく、9年間、数回しかシュンランと会うことのなかった父だったが、すぐに彼の元へ足を運んだ。
シュンランの力は凄まじく、すぐにクラフトとして認定された。
彼は、自由を手にすることができた。
私はそのことが自分のことのように嬉しかった。
けれど、反面自由を手にした彼がますます羨ましかった。
私には決して手に入れられないものだから・・・






私は伴侶であるシオンと彼女が物心がつくようになってからコキアで会話していた。
会うことはなくても、彼女がとても純粋な女性であることはコキアを通じて感じることができた。
彼女と会話する時間はシュンランと過ごしている時と似ていた。
とても純粋できれいな心だったから、きっと彼女の蒼い瞳もシュンランの目のように澄んでいるのだろう。
そう思いながら、彼女の姿を想像していた。
けれど、その純粋さゆえに彼女は自分の存在について悩んでいた。
自分はなんの為に生まれてきたのか、と。
私には人にふれると、会話していなくても心の中が分かってしまう力あった。
彼女とのコキアでの通信を通して、触れなくても泣いている時など心の悩みが流れこんできていた。


そんなシオンの心の痛みを感じ取りながら、私はいつもこう思った。
水を司る神サラジュは、ローレルの人々の幸福な生活のために、生まれ祈り続ける。
それが宿命・・・
けれど『サラジュ』という存在は、大切な人間を幸せにすることはできないのだ、と。

神の伴侶は、幼少期よりオーニソガラムで様々な教育を受ける。
ローレルの聖書についてや、神という存在を誕生させることの重要性など。
もちろん純潔でなくてはいけない。
そのため外部の人間との接触を絶って、オーニソガラムの中だけで婚姻の儀が行われるその日まで生活する。
神を誕生させるためだけに、生きる。そんな宿命を背負っている。
シオンは私と同じで運命から逃げられないさだめ・・・





11歳のあの日、コキアで私以外の人間と会話している彼女の声を聞いた。
シオンと話しているのはシュンランの声だった。
最初は、なぜコキアが使えるのかが疑問だった。
けれど、前例がないからハッキリとはわからないが、私とシュンランが双子だからだろう。
そして、シュンランの力が凄まじいことも原因だろう。
それを知って、私はシュンランはやはりもう一人の自分なのだとハッキリわかった気がして嬉しかった。
彼らは私に二人の会話が聞こえているとは、思っていないようだった。
おそらく、私との会話がシュンランに聞こえていないから、二人の会話もこちらには聞こえないと考えていたのだろう。
幸福そうな二人の声。
その声を聞いていると、とても羨ましかったけれど、私も幸福な気持ちになれた。




私には二人を幸せにすることはできない。
『サラジュ』だから、彼らを犠牲にすることしかできない。
1人の人として、二人の為に何かしてやれることはないのか・・・
ここから生涯出られない私の分も二人には幸せになってほしい。
人は幸福になる為にこの世に生まれるはずだ。
私は神だから、自分の幸福を祈ってはいけない。
でも二人は神ではない、人間だ。
幸せに生きる権利を持った人間だ。
いつしか、私の中でそんな感情が生まれてきた。
彼らを私の為に犠牲にしたくない・・・
彼らをローレルの為に犠牲にしたくない・・・







シオンがシュンランとここを出ると決意したのを心で感じ取った。
良かった・・・
シオンの幸せな感情が胸いっぱいに溢れている。
シュンランの喜びも感じることが出来た。
天水宮をでたら、コキアは通じない。
二人の声を聞くのも、顔を見るのも最後になるかもしれない。
最後に二人の顔を見に、無事に出られたかを確認しに、裏口に向かう。
シュンランが私に気づいた。
“サラジュ・・・”
そうつぶやいている。
後ろめたさを感じているのがわかった。
私はシュンランに向かって微笑んだ。
何も考えなくていい、シオンと幸せになってくれ。
そう願いを込めて・・・







意識の奥からサラジュがその時のことを思い出し泣いていたのがわかった。
徐々にオレの意識が表面にでてきた。
サラジュは、逃がしたことを後悔していたわけじゃない。
その後の二人の運命を思い、何か出来たのではないかと泣いていた。
「何もしてやることは出来なかったんだ」
オレはサラジュにそう言ってやった。
悔しくて、辛い・・・
シュンランを守れなかったあの日を思い出していた。
私が二人にしたことは自己満足でしかなかったのか・・・
私は、一体何をしたかったのか。




・・・。
まただ・・・。
オレの意思に反して、サラジュの意識が出てくる。
オレは、朝井龍だ。
サラジュじゃない・・・
サラジュの意識が強くなってきて、朝井龍を見失いそうだ・・・
オレは・・・誰だ?
オレは静かに目を閉じた。
いや、サラジュが祈る為に目を閉じた。
シオンとシュンランを今度こそ幸福にするために・・・





 

 

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