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眠る記憶

 

第4章 回想(3)  ―蒼・ラス・シオン―






「シオン、シュンランの処分は謹慎5ヵ月に決まったそうだよ」
サラジュさまの笑顔と言葉に安心して涙が溢れた。
シュンランの命が守られた・・・。
もう2度と会えなくても彼が生きていてくれるならそれでいい。
大罪を犯すと決めたときに処刑されることも覚悟の上だった。
それを3人ともの命を守ってくれるというのだから、ベキアさまに感謝しなくてはいけない。
それに・・・ひと時でも彼の側で暮らせた。
きっとこれから先の人生を合わせても一番幸せな時間だった。
シュンランが生きていてくれるのなら、二人で此処から逃げたことに後悔はない・・・。
もし、これでシュンランが死んでしまったら私も生きてはいれなかった。
おかしくなってしまったに違いない。
だけど、彼は生きてる。
同じ天水宮の中で生活している。
それだけで生きていられる・・・これから先、彼が他の誰かと幸せになってもきっと我慢できる。
二人の赤ちゃんを彼の分も愛して大切に育てる。
それだって私には十分すぎるくらい幸せだ。


『だから、シュンランに2度と会えなくてもいい・・・。』
そう自分に言い聞かせる。
生きていてくれるだけで嬉しいのに、今度はやっぱり会いたくなる。
こんなに幸せな時間をもらったのに、まだ会いたいと思ってしまう。
そんな自分がすごく嫌なのに・・・。
もうこれ以上たくさんの人に迷惑をかけるわけにはいかない。
私達の幸せをずっと願い続けてくれているサラジュさま。
命の危険にさらされても私と赤ちゃんを守ろうとしてくれたシュンラン。
そして、私のような大罪人の願いを聞いてくれたベキアさま。
それで十分・・・。


だから、もう涙を流すのは止めよう。
泣いていても誰も救えないし、迷惑をかけるだけだ。
助けられるばかりの弱虫ではいけない。
母親になるんだ、泣き虫の自分から変わらなくてはいけない。

「サラジュさま、ベキアさまにお礼をいいたいのですがお会いすることは出来るでしょうか?」
・・・・・・・?
サラジュさまの顔が急に曇る。
「彼は今朝亡くなりました・・・。明日、新しいベキアの式典が行われます。シオンにも出席してほしいのですが・・・」
ベキアさまが亡くなった・・・。
確かに神さまとしてはもうお年だし、いつ亡くなっても不思議ではない。
それに神さまが亡くなることはローレルにとって特に悲しい知らせではない。
むしろ新しい神さまの誕生として喜ばれるのが慣わしだ。
私も今までそれになんの疑問も抱いていなかったからオーニソガラムの中でお母さま達と喜び合っていた。
だけど・・・どうしてだろう、すごく胸が苦しい。
ベキアさまに助けてもらったからだろうか・・・?
だからって、慣わしを否定したくなるほど胸が苦しくて辛いのは一体どうして?
・・・・・・・・私の前世のせい?
でも、全く覚えていないのに?
一体私とベキアさまに何があったと言うんだろう。


「シオン・・・」
私、泣いてる・・・。
サラジュさまの手が私の頬に触れて気づいた。
さっきもう泣かないって決めたのに、無意識に涙がでている。
自分でもどうして泣いているのか分からないまま涙を拭う。
「いいんですよ、泣いても。・・・その方がきっとベキアも喜びます」
ベキアさまが優しく抱きしめてくれた途端、一気に涙が溢れ出した。
あの方の死がすごく辛くて、苦しい・・・?
私の中のもう一人の私が泣いているんだ。


サラジュさまの腕の中がすごく温かくて安心できて声を出して泣いていた。
あなたにお会いしてまだ日は浅いのに、どうしてこんなに安心できるんだろう・・・?
コキアで話していたから?
神さまだから?


・・・・・・違う、私この方の温かさを知っている。
サラジュさまとも以前どこかで・・・?
いつ、どこでサラジュさまに会ったのだろう。
全く思い出せないのに不思議なデジャブを感じる。
それはすごく幸福な気持ちのものなのにどこかせつなくなる気持ち。
一体なんなんだろう・・・。





「式典に出席・・・? ですが私は本来ならオーニソガラムから出てはいけないはずでは?」
涙が止まり冷静になると、サラジュさまの言葉に疑問が頭に浮かんだ。
神さまの伴侶は婚姻の儀が行われるまでオーニソガラムから出ることはできない。
だから私は当然サラジュさまの式典にも出席していない。
「ローレルの民の間では、あなたはすでに私の伴侶になっています。あなたは婚姻の儀の途中で体調を崩し、中断したと伝えていますから」
・・・そんなこと全然知らなかった。
「ですから、一緒に出席していただけますか?」
「はい、わかりました」
サラジュさまのお気持ちがすごく嬉しかった。
こんな風に婚姻の儀を挙げたことにしなければ、人々は納得しない。
それどころか民の間に知れ渡ったら、怒りでどうなるかわからない。
お母様が私達の赤ちゃんを殺そうとしたように・・・。
私やシュンランのことを公表しなかったのも、私達の身を守るためだったんだ。
サラジュさまは、私達のことをずっとそうやって守っていてくれたんだ。
この方はそうやって、いつも私達のことを考えてくれる。
私はその優しさに甘えていてなんの役にもたっていないのに・・・。



それぞれの神さまと伴侶は、玉の色の装束を纏うのが正装で公式の場にはそれで出席する。
祈る時などにも着るもので、とても神聖なもの。
その装束は神さまと伴侶にのみ着ることを許されたもの。初めて袖を通した正装はサラジュさまの伴侶になるということを改めて実感させられた。すごく重たい重りを背負ったような気持ち。
「サラジュさまは新しいベキアさまにお会いしたことはありますか?」
「ありますよ、彼が10才の時に。でもあれから3年も経っているのできっとだいぶ変わっているでしょう」
・・・あっ。
サラジュさまの笑顔はシュンランに似てる。
少し幼さが残る優しい顔。
なんだかそれがすごく嬉しくて思わず笑顔になってしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ、サラジュさまのお顔がシュンランに似ていたものですから」
・・・・・・?
サラジュさまはすごく驚いた顔をしている。
何か失礼なことを言ったかしら・・・?
「そう、似ていますか・・・」
今度はなんだか嬉しそう・・・ますます子供のような笑顔をしてる。
「そんな風に言われたのが初めてだったので、少し恥ずかしいですね」
「でも、とても嬉しそうですね」
「ええ、大切なたった一人の弟ですからね」
たった一人の弟・・・。
彼を危険な目に合わせたのは私なのに、こんなに優しくしてくれる。
すごく後ろめたいのに嬉しい。
なんだかサラジュさまとこんな風に楽しい時間を過ごせているなんて信じられない。
だけど、シュンランはまだクラフトが使えないようになっている牢の中・・・。
私一人が楽しい時間を過ごしているのはすごく辛い。
「そうだ、シュンラン天水宮の自室での謹慎になりましたよ」
「本当ですか!?」
あっ・・・。
驚いたのと嬉しさで思わず大きな声を出してしまった。
「ええ、今日から戻っていますよ。・・・ただ・・・」
サラジュさま・・・。
「・・・気になさらないで下さい。私もシュンランもわかっていますから」
だから、そんなお辛そうなお顔をしないで下さい・・・。
あなたのおかげで自分の幸せを見つけることができたのですから・・・。
「だけど、コキアでの会話は誰も邪魔できません。シュンランも喜ぶと思います」
・・・・・・・・・!?
「そんなに驚いた顔をしないで下さい」
・・・サラジュさまは知っていたんだ。
きっと私とシュンランの会話が聞こえていて・・・。
すべてを知った上でこんなに優しくしてくれているんだ。
胸がすごく熱くなって涙が出そうになる。
だけど、泣いてはいけない。
嬉しい時は笑わないと・・・。
「・・・・・本当にありがとうございました」
今まで一度もきちんとお礼を言っていなかった。
やっと言えた・・・、ちゃんと笑って言えた。
サラジュさまも何も言わずに微笑み返してくれた。
どうしてこんなにも優しいんだろう・・・。
大罪を犯し純潔じゃなくなった私にはもう何の価値もないはずなのに・・・。
それなのに、こんなに優しくしてくれる。
この先、子供を生んだ後サラジュさまはどうするおつもりなんだろう。
次代のサラジュさまは一体誰が生み出すのだろう・・・。






式典の始まりを告げる花火と歌声が鳴り響き、ローレルの人々の歓声が上がる。
もう何年も天空宮に暮らしているのにオーニソガラムから出たことがなかったから式典を見るのは初めて。
他の3人の神さまも勢ぞろいしている。
・・・サラジュさまの他に伴侶を連れている方はいない。
確か火を司る神スリウムさまは28才、大地を司る神シアさまは22才だから婚姻の儀を行っている。
次代の神さまは一緒に出席しているのに、お二人の伴侶は一体どうしているのかしら・・・。
唯一の女性の神さまで病を司るトローブさまは、天空宮に戻ってきて一度お会いした。
お母様に赤ちゃんを殺されそうになった後、サラジュさまに連れられて見ていただいた。
お年は私と同じ16才。
なのにとても美しくて聡明で私とは比べ物にならないほど素敵な方だった。
この赤ちゃんをシュンランとの間の子だときっと気づいているのに、親身になって見てくださった。



天空宮の大きな展望室に新しいベキアさまが登場し人々の目に映ると、歓声がさらに大きくなった。
13才のベキアさまはお顔や体は子供なのにサラジュさまや、他の4人の神さま同様不思議なオーラがあった。
でも、こんな小さな体に人々の願いを受け止めるなんてどれ位大変なのだろう。
ましてや5大神最強のベキアさま。
人々の生死や後世までも決めなくてはいけない。
私には全く想像できない。
確かサラジュさまの式典は9才の時。
その時からずっと人々のためだけに祈り、生きている。
自身の幸福を祈ることはできないのに・・・。
辛くは・・・ないのかな?
そんなこと考えてはいけないのはわかっているけど、神さまにすべてを押しつけた上に成り立っている幸せなんてあっていいのかな・・・。
与えられることを当然だと思っていていいのだろうか。
そのことから私達はどれ位の間目を背けているんだろう。


サラジュさまはどう思っているんだろう・・・。






式典も終わりが近づき聖書に書かれている歌が歌われている。


―――ジカンガナイ・・・。―――


「シオン、式典が終わったらシュンランとのコキア使えますよ」
サラジュさまのヒソヒソ声なんて初めて聞いた。
ここは神聖な場所なのでクラフトが使えないように術が施されている。
だからコキアも使えない。
いつもと違う子供のような仕草に思わず笑顔になってしまう。
「どうしてわかるんですか?」
マネをしてヒソヒソ声の私にサラジュさまも嬉しそうに微笑む。
「感じるんですよ、シュンランの気持ちが。双子だからでしょうか? 彼から不安な気持ちがなくなりました。きっと牢を出て自分の部屋に戻ったんだと思います」
私もすごく嬉しいけど、サラジュさまも本当に嬉しそう。
他人の私のこともすごく心配してくれるのだから、シュンランに対してはきっと想像できないくらいの気持ちなんだろうな。


―――ハヤク、テンスイキュウヘモドラナイと・・・。―――


ベキアさまが最後にローレルの民にお言葉を述べている。
本当に13才とは思えないくらい落ち着いている。
先代のベキアさまに似ている。
すごく懐かしく感じて胸が熱くなる。

私の前世は一体誰なんだろう・・・。
ベキアさまが亡くなってしまったから、もうきっと分からないんだろうな・・・。


―――シュンランガアブない・・・。―――


ベキアさまのお言葉に盛大な拍手が起こり式典は終了した。
「戻りましょうか」
「はい・・・・・うぅ」
なんだろう、急に吐き気がする。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、平気です・・・」
体から血の気が引いていく。
気持ち悪い・・・なんだろう、すごく怖い。


―――モウ、マニ合わない・・・。―――


「・・・・・・・・・・・・・」
気持ち悪い、眩暈がする。
サラジュさまも突然黙ったきり何も話さなくなってる。
「すみません。シオン、ここで待っていて下さい」
返事がしたいけど、今度は体が震えて声が出せない。
なんとか頷いた私を見届けて、サラジュさまは水の神に順ずるクラフトを集めていなくなってしまった。
一体、なんだろう・・・。


―――アンナオモイはしたくない・・・。―――


気持ち悪い・・・頭が割れる。
だめだ、意識が遠くなって目の前が真っ暗になっていく。


―――コレイジョウ、オモイ出してはいけない。―――


頭が痛い・・・。
なんだろう、回りが騒がしい。
そうか、私式典の後倒れたんだ。
ここは・・・天水宮?
「シオン・・・」
・・・サラジュさま?
どうしてそんな悲しいお顔をしているの?
「・・・あなたに、大切なお話があります」


―――ハヤク、目を覚まして。―――


「シュンランが・・・」


―――嫌だ!! 聞きたくない・・・聞きたくない!!―――



「亡くなりました。・・・あなたの・・・お母さまの手によって・・・」







 

 

Update:09.05.2004

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