眠る記憶
第5章 変異(1) ― 朝井龍 ―
突然ハナが大学近くのカフェで倒れてからもう1時間以上経つ。 眠っているだけなのはわかったので、ハナの家に車で運び部屋のベッドに寝かせた。 運良く萌ちゃんはおじさんの単身赴任先に遊びに行っていたから都合が良かった。 聞かれても何も答えられないし、心配かけるだけだ。 愁哉さんもハナを心配してオレと一緒に来てくれた。 二人でしばらくハナのベッドの横でぼんやり様子を眺めていた。 表情が変わるたびに自分の記憶と重ねあわせて心配になった。 「何、思い出してるんだろう」 愁哉さんがボソっと言った。 ハナは眠りながらローレルでの記憶を思い出してる。それは何となくわかった。 「シュンランが死んだこと知らなかった見たいですしね」 それだけシオンにとってあの出来事は封印したいものだったんだろう。 サラジュにとってもシュンランの死は受け入れがたいものだった。 「オレが死んだ後、シオンどうしてた?」 愁哉さんは「オレ」と言った。もしかすると今はシュンランなんだろうか? 「大変でしたよ、直後は何を言ってもなんの反応もありませんでした。何も食べなくなって、死んでしまうんじゃないかとサラジュは心配していました」 そう、あの後シオンはしばらく何も出来なくなった。 「だけど次第にシュンランとの間にできた子供のために生きる気力を取り戻していってました」 きっとあの時のシオンはあの子供がいなければ死んでしまっていたのかもしれない。 あの子がシオンにとってただ一つの生きる希望だった。 「じゃあ、オレとシオンの赤ちゃんは無事に生まれたのか?」 ・・・・・・・・シュンラン。 オレの方を見た愁哉さんの顔はシュンランの顔と重なった。 いや、シュンランだった。 「生まれましたよ・・・精神的にストレスがあったので多少難産でしたが」 そう、確かに二人の間の子供は生をうけた。 だけど・・・この先のことはシュンランには伝えないほうがいい。 わざわざ傷つけることはしたくない。 大切な弟だ・・・。 「い・・・や・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「ハナ! 大丈夫か?」 急いでハナを抱き起こそうとしたが震えてこっちを見ない。 どこまでの記憶を思い出したのだろう。 「花凛! もう大丈夫だ!」 愁哉さんの呼びかけに震えが止まった。 ・・・ハナ? いや、ハナじゃない。・・・シオンだ。 「シュンラン!! やっぱり、死んでなんかいなかった! すごく怖い夢を見たの!」 シオンは愁哉さんを見つけると泣きながら嬉しそうに抱きついた。 ・・・ん? なんだろう、この嫌な気持ちは。 サラジュか? どうしたんだろう? なんだかすごく胸が痛い。 もしかしてサラジュじゃなくてオレか? オレがこの光景を見て不快に感じてるんだろうか。 「シオン・・・」 愁哉さんがハナを抱きしめた。 なんだかこの場に居たくないな、なんでだろう。 「ハナが起きたのでなんか飲み物でも持ってきます」 とにかくこの光景を見ていたくなかった。 口実をつけて部屋から出たものの今度は中の様子が少し気になる。 なんだ? オレ少し変だな・・・。 とにかく飲み物持ってくるって言ったんだし、キッチンに行こう。 さっきのシオンの様子だとだぶんシュンランが死んだところまで思い出したのか。 良かった、その先まで一気に思い出すのは精神があの時のように壊れてしまったかもしれない。 私だってあの時はおかしくなりかけた。 あの日、ベキアの式典でシオンの気分が悪くなってすぐシュンランの命が消えたとわかった。 いつも胸に響いてくる彼の感情がなくなってしまったからだ。 その直前彼はとても安心していた。 後になってそれがシオンの母親からいつわりの許しをもらったからなのだと気づいた。 シュンランに嘘をつき毒を盛り殺した。 「すみません。シオン、ここで待っていて下さい」 シュンランの死を知ってすぐにシュンランのいる天水宮の彼の部屋へ向かった。 部屋までの時間はすごく長く感じた。 ドアの向こうから聞こえてくる狂気じみた笑い声。 嫌な予感がした。 一体何が起きたのか全く理解できなかった。 彼の心は死の直前までとても穏やかだった。 シュンランの遺体を見たときの狂気は忘れられない。 毒を盛られたシュンランの亡骸は眠っているかのようにきれいな顔をしていた。 だけどその顔はシュンランであって既にシュンランではなかった。 いつも私を見てくれていた真っ直ぐな瞳は二度と開くことはなく、あの優しい声を聞くことも出来ない。 あの笑顔も、すべてこの女が奪ったのだと思うとその場で笑いながら立ち尽くしていた女を見て殺意が芽生えた。 怒りで体が震えたのは生涯であの時以外にはない。 シオンの母親でなければその場で殺していたかもしれない。 そんなことを考えるだけでも神の私にとっては罪だというのに・・・。 「・・・あなたに、大切なお話があります」 シオンが目覚めたのはそれから何時間が経ってからだった。 私もまだ全く心に余裕がなかった。 外は大雨に見まわれていた。 私は必死で自分の心をコントロールした、なんとか雨は1時間で収まった。 でも、人を思いやれる余裕がその時にはなかった。 「シュンランが・・・」 あの時、シオンはシュンランの死を恐らく体で感じ取っていた。 だから気持ちが悪くなったのだろう。 「亡くなりました。・・・あなたの・・・お母さまの手によって・・・」 何も目覚めたばかりのシオンにそれを伝えることはなかった。 でも、その時の私はそう思えなかった。 私もおかしくなっていたのかもしれない。 「い・・・や・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 シオンは叫んだ、思いやりの無い私の言葉を責めたのかもしれない。 その時になってやっと我に返った、でも遅かった。 シオンの心はそれからしばらく閉ざされてしまった。 こんなに長く戻らないのも不安だ。 サラジュの後悔の気持ちは痛いほどわかる。 でもあの二人をあのままにしておきたくないオレの気持ちがそれに勝った。 「遅くなりました、すいませんコーヒーで良かったですか?」 オレに戻ってから慌てて用意してハナの部屋に戻った。 二人は既にハナと愁哉さんの顔に戻っていた。 あのまま抱き合っていられたら入りづらかったけど二人が我に返って気まずそうにしていたので少し安心した。 「あ、ありがとう」 愁哉さんはオレに対しても少し気まずそうに言ってコーヒーを受け取った。 「龍、ごめんね迷惑かけて・・・。ありがとう」 めずらしく謝られてなんだか気持ち悪い。 愁哉さんがいるからだろうか・・・。なんだか少し気に食わない。 「別に、愁哉さんが手伝ってくれたから。大丈夫か?」 「うん、夢の中で式典の後気分が悪くなってからシオンの声を聞いたの。今思えばあれもシュンランの死を感じ取っていたんだろうね・・・。その声は思い出したくなくて運命を変えたくて必死な叫びだった。所詮夢だから何も変わんないのにね」 ・・・サラジュがあの時あんな風にシュンランの死を告げなかったらその後の運命も違ったんだろうか。 転生して朝井龍としてこの地球に生まれてもなお後悔し続ける。 後悔してもハナの言うように変えることはできないのに・・・。 「もう9時回ったし、家族にも遅くなるって言ってないからそろそろ帰るよ」 もうそんな時間か・・・。 そうだ、愁哉さんには奥さんも娘もいる。 なんだか少し胸のつっかえが消えたような気がする。 どうしてだろう・・・? 「コーヒーご馳走さま、じゃあまた今度ゆっくり話をしよう」 「はい、またよろしくお願いします」 玄関まで愁哉さんを見送りハナの部屋に戻った。 どうしてかハナは見送りに来なかった。 「ハナ、愁哉さん帰ったよ。もう夕飯出来てるからハナも一緒に家来いよ・・・」 部屋にいるハナを見てドキっとした。 なんでだろう、ただベッドから起き上がっただけなのに。 なんなんだ、一体。 「うん・・・ごめん、今日なんか食欲無いや。可奈ちゃんに謝っておいて」 そう言ってまたベッドにもぐり込む。 まぁ、シュンランが死ぬ夢を見た直後だ。仕方ないよな・・・。 「わかった、なんかあったら電話して。すぐ来るから」 「了ー解」 布団に顔をうずめたままハナは返事した。 なんでだろう、さっき二人が抱き合ってるのを見てすごくイヤだった。 でも考えてはいけないとサラジュが言ってる。 どうして考えてはいけないのだろう・・・。 でもいいや、腹減ったし飯を食べれば忘れるだろうし。 オレがここに転生した理由と関係あるんだろうか・・・? |
Update:09.10.2004
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