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眠る記憶

 

第5章 変異(3)  ― 蒼・レン・サラジュ ―






またこの夢か・・・。





ハナが倒れて、愁哉さんと抱き合ってるのを見てその日からローレルでの夢を見るようになった。
どれも断片的なハッキリしない夢。
シオンが子供を産み、おかしくなった頃からの夢だ。
幸せな記憶はない。
その夢がハッキリしないのは思い出したくない記憶だからなのだろうか。
だとするとオレがここに転生したことと何か関係があるのかもしれない。
それなのにオレは毎日毎日夢の中でサラジュとしてシオンの側にいるんだ。
オレの心ない言葉で傷つき心を閉ざしてしまったシオンの側に・・・。














「シオン・・・今日はトローブのところに行きませんか? 彼女もシオンに会いたがっています」
身体が少しずつ衰弱しているような気がする。
このままじゃお腹の子供の命どころかシオンも危ない。
シュンランが亡くなった日からもうすぐ2ヶ月経ち子供もあと3ヶ月で出産予定日だ。
婚姻の儀も天水宮の中で殺人が起きてしまったため延期になった。
喪が明け明日がその日。
私の言葉にシオンは静かに頷いた。
「そうですか! それではこれから用意して出かけましょう」
久しぶりだ・・・今までほとんど言葉に反応しなかった。
すごく嬉しい・・・。
シオンは以前トローブに会ったときに親身になってくれたことでかなり好感をもっていた。
彼女なら同じ女性だし、シオンのこれまでの経緯も知っている。
珍しく私の言葉にも反応してくれた。
彼女ならなんとかしてくれるかもしれない。






シオンの体は私の力ではもうどうにもならない・・・。
このまま何も言わないシオンと婚姻の儀を行うのは卑怯のような気がする。
シュンランが死に、何も分からない状態で私と婚姻の儀を行う。
それではシオンの母親の思い通りだ。
私との婚姻を決めたのはシュンランと子供を守るためだ。
こんな状態で彼女が私との婚姻を望むわけがない。
それに・・・シオンはきっと私のことなど大嫌いになったはずだ・・・。
一番辛いはずのシオンに追い討ちをかけるような言葉を言った。
それ以来彼女は自分の心を閉ざしてしまった。
あの時、なぜシオンにあんな言葉を言ってしまったのか・・・。




『シュンランが・・・亡くなりました。・・・あなたの・・・お母さまの手によって・・・』




悔やんでも悔やみきれない・・・。
今更後悔しても仕方ないことはわかっている。
それでも・・・あの時、あの時間に戻れたら・・・そう考えてしまう。


ダメだ・・・。心を沈ませるんだ。
これ以上民を巻き込んではいけない。


私は・・・神なのだ。
人々の生活を幸福にするために祈りつづける神なのだ・・・。
自分のことを祈っていはいけない、願ってはいけない、神なのだ・・・。













「シオンさん、サラジュ、よくいらしてくれました。お久しぶりですね」
トローブの笑顔に心の影が少し晴れた気がする。
彼女はやはり病を司る神なのだ・・・人の心を理解できているのだろう。
「さぁ、こちらにお座りください」
トローブの暮らす天心空は真っ白で、私の汚い心など簡単に見透かされてしまいそうな建物だ。
目の前で微笑むトローブを見ると私がいかに神にふさわしくない、心の汚いものであるかがハッキリわかる。
背負っているものは同じはずなのに、私よりも年下のトローブの方がずっとこの使命を全うしている・・・。
自分が恥ずかしい。
私という存在はシュンランという存在を禁忌なものにして生まれてきた。
私がただの人間ならばシュンランだってあんな思いはしなかった。
シュンランやシオンの不幸は私が招き寄せているんではないんだろうか。
むしろ私が禁忌な存在なんではないのだろうか・・・。



シオンから見たら私は彼女の母親と同罪だ。
禁忌な存在は私達の方なんだ・・・。



そういえば・・・先代のベキアが口にした『エリカ』という名前・・・。
あの時にベキアの感情が私に流れ込んできて涙が溢れた。
私は彼女の名前に聞き覚えがある。
よくある名前だが私の考えがもし正しければ、彼が呟いた『エリカ』とは――――
「サラジュ? どうなさったの? さっきからボーっとしているわ」
「あ・・・すみません」
こんなこと今考えることじゃないな・・・。
トローブがせっかくシオンを心配して誘ってくれたのに・・・。
「いえ、サラジュも疲れているのね。ゆっくりして行って下さいね」
「ありがとう」
本当にこの申し出はありがたかった。
トローブだって忙しいはずだ。
一日の大半を祈りに使う我々にとっては自由な時間はほとんどない。
貴重な時間をシオンのために割いてくれた・・・それはとてもありがたいことだ。
私はシオンを傷つけることしか出来ない・・・。




「シオンさん、お腹の赤ちゃんはどうですか? 順調?」
・・・・・・・・・。
シオンは何も答えない。
いつもと同じで全く反応がない。
ここに来ようと言ったときに頷いてくれただけで、十分な進歩なのかもしれない・・・。
これ以上のことを臨むのは私の身勝手に過ぎない。


「シオンさんは食事や睡眠はキチンと取っているのですか?」
「食事はどこかで子供のことを心配しているからか取っています。でも睡眠は・・・夢にうなされているようでほとんど取れていないと思う・・・」
「そう・・・」
・・・・・・・・・・・。
シオンは何も言わないからハッキリとはわからないがあの日を夢に見ているんだろう。
私の言った言葉にさえもうなされているのかも知れない。
「サラジュ・・・なぜそんなに自分のことを責めているの? シオンさんがとても辛そうよ」
「え・・・?」
シオンが辛い? 私が自分を責めると?
言っている意味がわからない・・・シオンがこうなった原因は私にあるんじゃないのか?
「シオンさん・・・お腹の赤ちゃんのことが大切?」
トローブがシオンの手を取りどこを見ているのか定まらない目をじっとみつめた。
「あなたがそんなに辛い思いをしているから、お腹の子供が元気がないわ。生まれてくるのを躊躇ってる」
・・・!? シオンの目がきちんとトローブを見た。
「私はこう思うわ・・・。あなたの大切な人は亡くなってしまった。だけどその人の命を継ぐこの赤ちゃんがあなたに宿っている・・・」
シオンは黙ってトローブの目を見て話を聞いている。
こんなことはあの日以来初めてだ。
「この赤ちゃんはまだ生まれてきてはいないけれど、ここで生きてる。きちんとシオンさんの気持ちをわかってる。だって一番近くにいるんだもの・・・」
トローブはシオンに優しく話を続ける。
私まで彼女の話に聞き入ってしまう。
「生まれたいって言ってるわ・・・この子。そしてシオンさん、あなたに会いたいって」
・・・・・・・!?
ずっと聞き入ってたシオンの目から大粒の涙が溢れた。
静かに声を出して泣いている。
「この子の人生をこのままだと奪ってしまうことになる。彼とあなた二人で生み出した命よ。彼が命をかけて守った命でしょう?」
静かにシオンが頷く。私の目にもいつの間にか涙がたまっていた。
「私、子供の命ってその子だけのものじゃないと思うの。だってこの子が生まれるためにたくさんの人の命が繋がっているわけでしょう? その繋がりを守るためにこの赤ちゃんは生まれてくる。・・・ねぇ、シオンさん、これは奇跡に近いと思うの。何万年も前からこうして人の命は繋がってきている。これは私たち神にも左右できない・・・もっと尊いすばらしいことじゃないかしら」



シュンランは自分の命を繋げた。
この子供に・・・。
私は絶対にこの子を守らなくてはいけない。
シュンランが命がけで守った大切な命・・・シュンランの命を受け継いだたった一人だ。
この子供の誕生はなんとしても隠し通さなくてはいけない。
民に知られたらどうなるかわからない。


ずっと考えないようにしていた・・・。
けれど彼女とこの子を守るには避けては通れない道だ。


純潔でなくなったシオンに神を成すことはできるのだろうか・・・?


そもそも私と子を成すことを受け入れるだろうか?
拒絶する・・・だろうな。
それでも・・・シオンが私を拒絶しても何があっても今度こそ二人を守る。
一生私のことを受け入れてくれなくてもいい。
何があっても守る。
それがシュンランの為に兄としてにできるたった一つの償いだ。
何としても・・・守るんだ。














毎日・・・目が醒めるとオレは泣いている。
今度こそ必ず守る、そう決めたのに結局オレはシオンを守れなかった・・・。
私のしたことは・・・結局、彼女を追い詰めた。
私は二人の為に何もすることが出来なかった。



この地球でシオンとシュンランを幸せにしたい。
そうサラジュが言う。
オレは幼馴染としてハナがどれだけ愁哉さんを思ったとしても賛成できない。
いくらローレルのことがあったとしても愁哉さんはこっちで幸せになってる。
でもそんな気持ちをかき消すくらいサラジュの意識が強くなってきている。
それは昨日あんな光景を見たからだ。



車で愁哉さんとすれ違った。
向こうは気づいてないみたいだった。
助手席にはハナが座っていた。
すごく幸せそうな顔で笑っていた。
そんな顔をオレは複雑な気持ちで見ていた。
これはオレとサラジュが違う感情を持っているからか・・・?



二人の顔をサラジュは懐かしく見ていた。



そうだ・・・あんな二人の顔を以前一度だけ見たことがある。
二人が天空宮を出た日。
あの日に見た幸福そうな二人の顔と、車で笑う二人の顔が重なって見えた・・・。
今度こそ・・・二人の為に何かしてあげたい。








 

 

Update:09.24.2004

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