眠る記憶
第6章 迷走(3) ― 朝井 龍 ―
「シュンランの父親は・・・・・・・・先代のベキア、私の父だ」 「う・・・龍!! 起きなさい!」 ん・・・? ここは、ローレル? 「龍! 夏休みだからって、毎日毎日ごろごろして」 ナツヤスミ・・・? 「全く、ここ3〜4日ハナも顔を見せなくなったし」 ハナ・・・? 「どうしたの? ケンカでもしたの?」 違う、ケンカなんてしてない。 シオンはシュンランと会っているから・・・。 ちがうハナはシオンじゃない! ハナはハナだ・・・。 ローレルの夢を見てから目覚めると自分を取り戻すまでに少し時間がかかるようになった。 でも、サラジュの行動を龍として後ろの方から眺めることが出来るようになった。 どうしてだろう? 「いてっ!」 いきなり後ろから母さんにげんこつをされた。 小学生ぶりくらいだろうか・・・。 「なんで無視するわけ? もう大学3年生なんだから今さら反抗期とかやめてよね」 「別に違うって、寝ぼけてただけ。母さんももう45歳なんだからいじけんなよ・・・いてっ」 言い終わらないうちに、さらに一発叩かれた。 「ケンカしてないんなら、たまにはハナを連れてきて。ちゃんと食べてるのかしら」 「食べてるよ、ハナだって子供じゃないんだから。あ・・・そういえば、大学の友達の家に8月末に泊まりに行くようなこと言ってたから、留守かもね」 実際そんなこと言ってたけど、本当は愁哉さんと会っているのだろうか。 なんだろう、ちょっとムカつくな。 2人が一緒に車に乗っているのを見た時は、サラジュが力になりたいなんて言ってたけど、オレはやっぱりイヤだな。 「そっか。それで電話しても出ないのね。ハナが帰ってきたら家に連れてくること! わかった?」 また布団に戻ったオレから、タオルケットを奪い取りながら念を押してきた。 「はいはい、わかりました」 オレの言葉にやっと満足してくれたらしく、母さんが部屋から出ていった。 オレだって寝たくて寝てるわけじゃない。 大学3年生の8月なんだから、色々将来のことも考えたい。 ・・・けど、いつも気がついたらローレルにいる。 思い出したくもない記憶をサラジュはオレに思い出させようとする。 サラジュは一体オレに記憶を取り戻させて何をしようとしてるんだ? もし、あの時のように二人を幸せにするために協力することを考えてるならイヤだ。 確かにハナには幸せになってほしいけど、愁哉さんじゃダメだ。 結婚してるし、奥さんや子供を不幸にしてまで幸せになるなんて絶対にダメだ。 ・・・・どんなやつだったらハナをやってもいいかな。 ハナはいっつもヘラヘラしてるし、すぐムキになるし・・・。 21年も付き合ってるオレだから何とかしてやれるけど、他のやつならどうなんだろうか? かなり心の広い大人の男じゃないと無理だろうな。 ・・・・・例えば、宮ちゃんとか? いや、無理だ。ハナに宮ちゃんは勿体無い! ・・・・・・・・・・・暇だ。 実際ハナは何をしてるんだろう。 気になるけど、今は会いたくない。 2人を見たときのことを聞いてしまいそうだし、あいつが何も言ってこないってことは聞かれたくないんだろうし・・・。 でも気になる! あーダメだ! 違うことをしよう。 今は・・・3時?! やばい、12時間以上眠ってたのか。 そうだ! 宮ちゃんに連絡してみよう。 高校もまだ夏休みだし、飲みに誘ったら来てくれるかもしれない。 メールでもしてみるか・・・。 『シュンランの父親は・・・・・・・・先代のベキア、私の父だ』 そう言えばあれは、一体どういう意味なんだろうか。 オレの転生した理由。 一瞬思い出したような気がしたのに・・・。 そもそも、シュンランの父親がベキアならサラジュの父親は誰だ? 先代のサラジュじゃないのか? ここは・・・またローレルだ。 またサラジュに連れて来られたのか・・・。 「私、子供の命ってその子だけのものじゃないと思うの。だってこの子が生まれるためにたくさんの人の命が繋がっているわけでしょう? その繋がりを守るためにこの赤ちゃんは生まれてくる。・・・ねぇ、シオンさん、これは奇跡に近いと思うの。何万年も前からこうして人の命は繋がってきている。これは私たち神にも左右できない・・・もっと尊いすばらしいことじゃないかしら・・・」 トローブがこの時、言ってくれた言葉。 その言葉に、自分の感情を必死に抑え、ローレルの民のために必死に神としての務めを全うしていた気持ちがプッツリと切れた。 そうだ・・・この後、シュンランの転生裁判が行われていないことをトローブから聞いた。 オレはせめてシュンランを転生させて、別人としてでも命を繋げて欲しい、そう思った。 そして、そうすることでシオンが元気になるんじゃないかと思ったんだ・・・。 混乱していた記憶が、だいぶ整理できてきた。 どうして転生裁判が行われていないかは、トローブは知らないといっていた。 あ、そうか・・・。 ベキアがオレに伝えるのに躊躇っていた言葉があったからだ。 「・・・・・・シュンランは転生させる。それが先代のベキアの遺言だから。・・・それとサラジュとシュンランにも伝言があるんだ。・・・先代が亡くなってだいぶ経っているが、私の心の整理に時間がかかってしまった。・・・その間にこんな結果になってしまった。シュンランには伝えることが出来なかった。申し訳ない」 そしてその遺言が 「シュンランの父親は・・・・・・・・先代のベキア、私の父だ」 そう、この後のことから全く思い出せない。 「ベキア・・・あなたの言葉に納得はできるが意味がよくわからない。確かに先代のサラジュは母に冷たくあたっていた。それが先代のベキアと関係があったからだ、というのには納得がいく。ではどうして私が生まれたのだ?」 確かにつじつまは合う。 あんなにもシュンランと母に冷たかった父の態度を考えると、ベキアと通じていたからだと納得も出来る。 では、私の父親は一体誰なのだ? 「そもそも、神が生まれる仕組みというのは・・・」 ベキアは私の問いかけに小さく頷き話し始めた。 きっと先代のベキアから聞かされたとき同じ疑問を抱いたのだろう。 ”ガタッ!” 「誰だ!!」 ベキアがクラフトで音のしたほうへ移動した。 そして私の方へそこにいた人物を連れてきた。 ・・・・・!? ベキアが手を繋ぎこちらへ導いたのはシオンだった。 「シオン・・・どうしてここへ?」 シオンは小刻みに震え、涙を流している。 どうしたらいいのだろうか。 今シオンは何を考えているのだろうか。 どうしたら彼女の涙と震えを止めることが出来るだろうか。 わからない・・・目を合わせることも出来ない。 どうしたらこれ以上シオンに嫌われずに済むのだろうか・・・。 「サラジュさま・・・ありがとう」 ・・・・・・・・え? その声に私は顔を上げた。 「シ・・・オン?」 彼女は震えながらも笑顔を浮かべていた。 「シオン!! 絶対に守ります! あなたの子供も、あなたも! 本当に・・・本当に・・・」 そうだ・・・この場面、どうして忘れていたんだろう。 この時オレはシオンの笑顔が嬉しくて思わず彼女を抱きしめた。 言いたかった言葉をシオンに伝えて、今度こそ守って行こう、そう決めた。 シオンが久しぶりに笑ってくれて、食事をしてくれた。 これ以降、シオンは産まれてくるシュンランとの子供のために一生懸命になった。 本当に、本当に幸せな3ヶ月だった。 2人の子供が産まれるまでは。 そうか・・・だからこんなに嬉しかった日の出来事を記憶から消したんだ。 少しでもあの辛い気持ちを和らげたくて。 ”プルルルルルル・・・・プルルルルルルルル” 何の音だ・・・? そうか、ケータイ電話。 『今日早く仕事終わるから、大丈夫だ。朝井は何時から都合いい? 宮坂』 宮ちゃん・・・? そうか、オレ飲みに誘ったんだ! 行こう! 気分転換に。 ローレルで起きたこと、これ以上思い出したくない。 オレは朝井龍。 それだけでいいんだ。 |
Update:11.12.2004
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