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第3話 他人 






「つき姉・・・。月子って呼びたい、特別になりたい・・・。ダメ?」


返事は恐くない。
イヤ、恐いんだろうけど今はフワフワしてて感じない。
この感触が気持ちよくて、頭がぼーーーっとする。
ぼーーーーーっと・・・あれ? 天井が見える。
遠くでタイちゃん! ・・・って言ってるつき姉の声が聞こえる。
え? 返事かな?
聞こえない・・・なに? なんて言ったの?




























オレは一体何やってんだ・・・。
あんなこと言うつもりじゃなかった。
熱で頭がどうかしてたんだ、と思う。
そうじゃなければあんな風につき姉を困らせることなんてしない。
・・・あの後、オレはどうやら熱でぶっ倒れたらしく目が覚めたら夜中だった。
そしてそのまま2日間寝込んで今日やっと復活し、今つき姉の家の前にいる。
どんな顔してつき姉に会ったらいいんだろう、そう思いながら30分間も立ち尽くしている。
これは熱をぶり返すには絶好のシュチエーションだ。
いいかげんにしないと母さんも呆れて看病してくれなくなるだろう。
つき姉に会って言い訳をするならする! しないなら帰る! どっちかにしろ、オレ・・・。
はーーーーーっ、今日は無理っぽいな。
帰ろう・・・。
「タイちゃん? どうしたの、こんな所で」
背後から子供の頃から聞きなれた声が聞こえてきた。
どうやら帰るチャンスも逃してしまったらしい。
「あ・・・おばさん。どうも、こんにちは」
振り返りながら言うと、つき姉の母さんが買い物袋を手に持って立っていた。
「月子に用事でしょ? 今あの子先生に呼ばれて学校に行ってるのよ。4時には帰ってくるって行ってたから、もうそろそろだしタイちゃん上がって待ってなさい」
あぁぁぁぁぁ・・・4時、あと15分くらいだ。
言い訳をしっかり考えてシュミレーションするには少し不安な時間だけど・・・。
「あーーっ、うん。そうしようかな」
おばさんはそう返事する前にすでに玄関から手招きしていたから、オレは言いながら中に入った。










目の前には温かかったはずのココアがすでにぬるくなっている。
つき当たりの部屋からは4時からピアノを習いに来た小学生の女の子の、たどたどしい音が聞こえている。
10年以上前に聞いたつき姉のピアノの音にホンの少し似てる。
今はすごく上手になったつき姉にもそういえばこんな時期もあったんだ。
お世辞にも上手だとは言えなかった頃のつき姉のピアノの音もオレは大好きだったな。
ひょっとしてオレって気づかなかっただけで、昔からつき姉のこと好きだったのかもしれない。
あ・・・やばいな、そろそろつき姉帰ってくるよな。
どうしようかな・・・言い訳するのもおかしな話だし。
つき姉を困らせたのは事実だけど、勢いがなければずっと後ろめたくて会えなかったかもしれないし。それに、気持ちをずっと伝えることすらできなかったかもしれない。
もう2月も半ばになってしまったから、一緒にいられるのはあと1ヶ月半しかない。
あんな形でも伝えてよかったのかもしれない。
言い訳するのはやめようかな。
どう考えても境界線を両足ともで越えてしまったのは事実だから、無理に引き返すのは難しいだろうし。
もしハッキリ振られたらオレはどうなるんだろうか?
経験がないからよくわかんないけど、あんまり嬉しいことではないよな。
今まで友達の恋の話を聞いて大げさだなーって正直思っていたけど、実際自分がそうなるとあいつらの言っていた言葉の意味がわかる。
辛いし、どうしたらいいかわかんないし、立ち直り方だって全然わかんない。
自分がこんなに後ろ向きな人間だったとは、初めて知った。
いつだって終わって結果がでるまでマイナスのことなんて考えたことはなかった。
どうしてつき姉への気持ちだけに、こんなに悩まされるのかな。
って・・・結局どーすんだよ!
全く話がまとまってないじゃんか!
あーーーーーっ!! わからん、わからん、わからーーーーーっん!!
「タイちゃん? 来てたんだ」
背後のドアが開いた音がして、そこからつき姉の声がした。
背中が凍ったみたいに動けなくなった。
どんな顔でまずつき姉の方を振り向いたらいいんだろう。
さっきまでは言って良かったとかって楽観的になったりしてたけど、実際につき姉に会うと嫌われたくない、無かったことにしたいって思ってる。
「タイちゃん?」
!? 
「あっ・・・あぁ、お帰りなさい。なんかちょっと寝てたっぽい・・・かな」
つき姉が顔を覗き込んできたから、とっさのことに意味不明の表情&言葉になってしまった。
「そうなんだ。でも確かにリビング温かいから眠くなるね」
笑いながらつき姉はオレの向かいのソファーに腰をおろした。
あれ? なんかいつもとあんまり変わらない気がする。
「つき姉? あのさ・・・あの日―――」
「タイちゃん! いいよ、月子って呼んでも。そうだよね、もうすぐ高校生になるのにつき姉って呼ぶのはちょっと恥ずかしいよね。気に入ってたから少し残念だけど」
つき姉はオレの言葉を遮って話し出した。
オレと一瞬あった目はすぐにそらされてしまった。
「つき姉?」
「あ、それにタイちゃんはすでに特別だよー。だってタイちゃんが生まれた時から知ってるんだから、弟みたいな存在だし。だからそんなことわざわざ口に出さなくたって大丈夫だよ」
いつも通りに見えたつき姉はオレがあの日のことを言おうとした瞬間から、全然違って見えた。
必死で気づいてないフリしてる。
本当はオレの気持ちに気づいてるのに、気づいてないフリしてる。
「じゃあ、あたし着替えてくるからお昼寝でもしてて」
1度も視線を合わせないでつき姉は立ち上がってリビングのドアに向かって歩き出した。
いつも目を見て話てくれるつき姉らしくない。
・・・そんなにオレの気持ちが迷惑なの?
「つき姉! 待ってよ、オレまだ言いたいこと言ってない」
そんな風に気づかないフリしてでも弟でいろっていうのか?
「・・・・・・・・」
つき姉は一瞬何か言いたそうな表情をしたけど、ソファーに戻って座った。
「オレはつき姉の何? 弟?」
自分でも驚くくらい低い声になってる。
こんなに酷い怒りを感じたのは生まれて初めてだ。
怒りと一緒に悲しい思いをしたのも生まれて初めてだ。
「弟だよ、タイちゃんは。タイちゃんが生まれてから、ずっとそう思ってる・・・」
オレの目を見ることなく、初めて見る笑顔でつき姉はそう言った。
膝の上で握っていた手に無意識に力が入った。
目の中が熱くなって今にも久しぶりの涙だ出そうなのに、こぼれたりはしない。
「違う・・・違うよ」
目の前にいるつき姉を睨むようにしてオレは言った。
こんなに辛い経験は人生で初めてだ。
あまりに辛いと涙が出ないんだって初めて知った。
つき姉はえ?っと小さい声で言った後、オレの視線に気づいてまた俯いた。
「何言ってんの? オレ、あんたの弟なんかじゃないよ」
怒りと悲しい気持ちで声が震える。
自分の気持ちとつき姉の気持ちが異なるからって、こんな風に嫌な男になるのは情けないけど、優しく出来るほどオレは大人じゃない。
所詮は中学3年生のガキだ。
「弟じゃないから好きになったんだ! あんたの弟だったら、今こんなに辛い思いする必要だってなかったんだ! オレは・・・弟なんか・・・じゃないんだ!!」
オレは自分ばっかり辛いのが悔しくて、つき姉に当たってる。
そんなことは分かってる。
けど、自分でも持て余してるどうしようもないこの気持ちに対してそれ以外の行動は思いつかない。
本当に子供だったら昔みたいに泣いて、つき姉にイイコイイコをしてもらって終わりなんだろうけど、そこまでガキでもない。
どうしたらいいのかわからないけど、このまま弟ではいたくない。
この思いを抱えたまま黙ってはいたくない。
「タイちゃん・・・」
ソファーに座り下を向いたままのオレに、つき姉は近づき覗き込んだ。
そのつき姉の顔に益々腹が立った。
結局オレを昔のように弟扱いして慰めようとしているつき姉に対して、本当に腹が立った。
「他人だよ・・・あんたなんて、オレは1度も姉だなんて思ったことない」
ウソだ。
ウソだけど、本当だ。
今は姉だなんて思えない。
他人になりたい。
幼馴染なんかじゃなくて、3つも年下じゃなくて、せめて同じ年の同級生として出会えていたらオレのこと今と違って男としてみてくれたのかな?
「ごめんなさい・・・」
つき姉はそう言いながら立ち上がって、もといたソファーに腰をかけた。
どうしてだろう・・・。
つき姉は謝ってくれているのに、さらに腹が立った。
謝ってほしかったわけじゃない。
ただ、オレを弟じゃなくて男としてみてほしかった。
悲しませたかったわけじゃない。
ただ、オレの気持ちをわかってほしかっただけなんだ。
どうしたらわかってもらえるのかな?
オレの気持ちを受け入れてもらえるのかな?
もう全然わかんないよ。
「あんたなんて・・・姉じゃない。ただの他人だ・・・」
どうにも出来ない気持ちをオレはそんな冷たい言葉を言い捨てることで解消しようとした。
つき姉はまた、初めて見る悲しそうな笑顔でオレの言葉を黙って聞いていた。
それが辛くて、どうしようもなくて・・・オレはつき姉の家を後にした。









 

 

 

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2004.12.19

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