<ホーム <小説 <戻る

 

第4話 足し算 






「あんたなんて・・・姉じゃない。ただの他人だ・・・」

後悔するんだから言わなきゃいいのに。
冷静になるとやっと客観的に自分を見ることができる。
風邪もすっかり治って、こんなバカなことを言った自分の言葉を何度も何度も頭が勝
手に再生する。
バカだってわかっているのに、そんなことを何度も何度も繰り返しては後悔して落ち
込む・・・本当にオレはおかしくなってる。
オレは本当につき姉が好きで、どうしようもない。
どうしようもなくて、気持ちを持て余して、それでもどうすることもできない。
だからってその気持ちをつき姉にぶつける権利なんてオレにはない。
・・・オレはガキだ。
つき姉を好きになるまでは、自分は歳のわりにはシッカリしてる人間だと思ってた。
勉強だって学校始まって以来の秀才だと言われるくらい良いし、物事をポジティブに
考えられる性格だから、人当たりだって悪くない。
運動神経だって中の上くらいには出来る。
けど、こんなことを大人っていうわけじゃない。

「よく分かんないけど、オレは一緒にいたいな〜とか、相手のために何かしてあげた
いとか、些細な一言でオレを嬉しくしたり寂しくしたりさせてくれる人を好きってい
うと思うかな〜」

兄ちゃんは人を好きになるってこういうことだと言った。
オレはきっと人を好きになる上で、1番大事なことが欠けてる。
それはつき姉のために何かしてあげたいっていう気持ちだ。
自分の気持ちだけをつき姉に押し付けて、叶わないから八つ当たりして・・・こんな
んじゃ、人を好きになる資格なんてない。
けど、全くないけど・・・それでもつき姉のことがやっぱり大好きだ。






あの日から2週間が過ぎた。つき姉の顔を見ない最高記録を日々更新中だ。
このままじゃ、もうピアノを聴きに行くことだって出来ないかもしれない。
もっと早くに謝りに行ければ良かったのに、どんな顔でつき姉に顔を出せばいいのか
わからなくて出来なかった。
結局タイミングを逃して、どんどん距離ばっかり出来てしまっている。
はぁーーーーーーーーー・・・・・ため息ばっかり出てしまう。


「泰希でも、ため息つくことあんだな」
オレの横でなぜか嬉しそうに圭太がこっちを見ている。
圭太は幼稚園の時からずっと一緒の親友で、野球の推薦ですでに高校進学が決まって
いる余裕のあるヤツだ。
「今日だっけ? 泰希の合格発表」
教室の中はざわざわしてる。
もうすぐ公立の受験だから、色々と情報交換があるんだろう。
「あ・・・そういえば午後にHPで合格者の受験番号が一斉に公開になるとかで、山中
がオレより緊張してる」
山中というのはオレ達のクラスの担任で、おそらく彼の教師生活で今が1番充実して
いる時だ。
「そりゃそうだろー。美並山学園に進学なんてうちの中学初だろ? 合格してくれた
ら山中の経歴が輝かしいものになるからな。ま、受かればだけど」
「受かるよ。それは受験した直後にわかったから」
オレの出来で落ちたら受かるやつはいない。
「じゃあ、なんでため息ついてるわけ?」
「あーーーー・・・自己嫌悪、かなぁ?」
「はぁ? 何言ってんの?」
圭太には去年卒業した1つ上の彼女がいる。
確か去年の今頃にはもう付き合っていたから、1年以上の付き合いだろう。
オレらくらいの歳で1年以上付き合っているというのは、かなり長い方だと思う。
きっとオレに欠けている「相手のために何かしてあげたい」という気持ちが圭太には
あるのだ。
どうやったらそんな風に恋をする資格となる感情を自分の物とできるのか、是非教え
てほしいくらいだ。
・・・・・・教えてもらえばいいんじゃないのか?!
「なぁ、圭太・・・。オレさ――――」
「福嶋! 合格だぞ!! おめでとう!!」
オレの声を遮るようにして、担任の山中が教室に興奮気味に入ってきた。
「あ、ありがとうございます」
「なんだ、嬉しくて声も出ないのか?! いやー、ホントに嬉しいな!!」
別に落ちると思っていなかったから、山中のように満面の笑みを浮かべることなんて
できないんだけどな・・・。
しかも抱きつかれても・・・全く嬉しくないし。
こんなことでここまで喜べるなんて、なんて羨ましい性格なんだ! 山中!!


でも、これであと1ヵ月とちょっとでつき姉に会えなくなるんだ。
このまま何も話すこともできないまま、終わってしまうんだ・・・。








「なぁ、泰希? さっきオレに何か言いかけなかった?」
受験が終わって特に塾に行くこともないオレ達は圭太家でのんびりゲームをしてい
る。
他の同級生には申し訳ないくらいだけど、これくらいの役得がなければ早くに受験な
んてしない。
「あぁ・・・。うん、言いかけたのを山中に遮られた」
「何?」
「うん・・・」
兄ちゃんにはあんなに気軽に聞けたのに、圭太には勢いがないと少し抵抗がある。
こんな話したこともないし、圭太も特に何も言わないし・・・。
恋の相談ってやつはあんまり楽しいものではないらしい。
どっちかっていうと・・・自分の1番見せたくない部分を、いきなりさらけ出す罰
ゲームみたいな感じだ。 
「何だよ。気になるような言い方するなー」
圭太は笑いながらそう言い、一段落着いたゲームのスイッチを切った。
「はいどーぞ。何でも言ってみて」
オレの方を向き、わざと改まった感じで圭太が言った。
ますます言い辛い雰囲気を作りやがって。
「あーーー・・・うん。なんていうか、その・・・」
その後言葉が出ない。
たぶん圭太はオレと違ってせっかちではない。
5分くらいそのまま停止して、あれこれ考えていたオレを辛抱強く待っていてくれ
た。
さすが恋する資格を持っている男は違う。
「まとまった?」
「うん。悪い、ありがと。・・・圭太に聞きたいことがあって」
「何?」
「彼女・・・どうやって付き合ったの?」
ん? オレはこんなことが聞きたかったのか?
って、すっげーーーー恥ずかしいんですけど!!
オレは女か?! 一体どうしていきなり圭太にこんなこと聞いてんだ。
顔の色が変化しているのが、体温の変化で分かる。
圭太の顔が見れない!!
「あーーー・・・なるほど。泰希、好きな人が出来たんだ」
!? さすが圭太! 10年来の付き合いだ!! 
って、感心してる場合か! 
ますます恥ずかしいわ!! 今のオレには頷くことが精一杯だ!!
「どうやって付き合ったか? えっと、たぶん普通だと思うけど”好きだから付き
合ってくれ”って言った。そしたらいいよって言われて付き合った」
「いいな・・・」
好きって言っていいよ、って言われるのは口で言うのは簡単だけど、きっとこの世の
何よりも難しいことだ。
オレなんて気づいてないフリをされるくらい嫌がられてたんだから。
「泰希はその好きな人と付き合いたいのか?」
「フラれたんだ。オレは」
・・・・・・・・・・・シーン。
そうだよな。
圭太もリアクションしづらいだろう。
「オレ兄ちゃんに、人を好きになるってことは相手のために何かしてあげたいって思
うことだって言われたんだ。でも自分の気持ちを叶えたくて、それだけでいっぱい
いっぱいになって結局自分のことしか考えてなくて、酷いことばっかり言ったりし
た。・・・どうしたらつき姉のために何かできるのか、全然わかんねー」
つき姉の気持ちなんて考えなかった。
困らせて、酷いこと言って、最低だ。
「なぁ、オレは人にアドバイス出来るほど経験豊富じゃねーし、参考になるかもわか
んないし、鵜呑みにされて違ったっていうことにもなりかねないんだけどさ。思った
こと言ってもいい?」
オレはその言葉に黙って頷いた。
圭太は少し考えながらゆっくりと続けて話し出した。
「オレも彼女に告白した時、相手のことなんて考えてなかったよ。オレの場合、部活
の先輩だったから絶対フラれると思ってたし迷惑だろうとも思ったし。だけど言わな
いとオレが後悔すると思ったから言った。自分のことしか考えてなかったよ。けど、
片思いの時はそうなんじゃないのかな? もちろん相手が何か重要なことの前とかに
告白するのは嫌がらせみないなもんだけど、そうじゃないならまず自分のことでもい
いんじゃないかな・・・っていうのがオレの考えだけど」
「じゃあ、例えば言おうとして相手があきらかに聞きたくなさそうにしてたら圭太な
らどうする?」
圭太は当然のように
「それでも言う。オレは相手の態度より言葉できちんと答え聞きたいから」
っと言い、その後少し照れた顔でオレってガキだよな・・・っと付け加えた。
確かにガキだ。
けど、オレよりずっと大人だ。
自分のこときちんと分かっている分ずっとずっと大人だ。




子供の頃から大好きだった時間が、オレの行動で全部なくなってしまった。
元気の素も、つき姉の笑顔も、イイコイイコも、全部全部なくなってしまった。
・・・このままでいいわけない。
やっぱり自分勝手だけど、つき姉との時間を取り戻したい。
オレのこと弟としてしか見てなくても、それでも側にいたい。
ピアノを聞きたい。
笑ってほしい。
落ち込んでる時、イイコイイコしてほしい。
楽しい日も、嬉しい日も、悲しい日も、辛い日もつき姉の側にいたい。
どうしたらその時間を取り戻せる?
「な、泰希。相手を思いやるって・・・さっき言ってたアレだけど」
「あ・・・うん」
「足し算・・・じゃないのかな?」
「足し算・・・?」
・・・・・・・・・? 意味がよくわからん。
オレのレベルに合わせて話してほしい。
というオレの気持ちがわかったのか、一瞬苦笑いして圭太は続けた。
「恋人のために何かしてあげたいって思うのは片方では意味がないと思うんだ。二人
ともが相手のために何か特別なことをしてあげたいって思わないと、きっとバランス
がとれなくてダメだと・・・オレは思う」
「うん・・・確かに」
「だからその気持ちが足し算されて、さらに恋人のために何かしてあげたいって思
う。その繰り返しで、だんだん好きって気持ちが増えて行く・・・と、言うのがオレ
の持論です・・・」
・・・・・・・・・・・・・・?
圭太の顔を見るとなぜか真っ赤になっている。
「恥ずかしいなー。泰希と恋の話するとは夢にも思わなかったし・・・」
なるほど、圭太にとってもこれは罰ゲームみたいなもんなんだ。
「悪い・・・」
「謝ることないし」
お互いにお互いの顔を見れなくて、なぜか二人揃ってテレ笑いをしている。
周囲に人がいたら本当に異様な光景だろう。


「とにかく、まず自分の後悔しないようにしろ。オレは泰希が人の道を踏み外さなけ
ればお前の味方だ!」
そう言って圭太はさっき止めたゲームを再び始めた。
ちょっと圭太かっこいいな。
「ありがと・・・」
オレは照れくさくて聞こえるか微妙な小さい声で言ったけど、圭太は目で笑ったから
きっと聞こえてるんだろう。
後悔したくない。
もう1ヶ月と少しでつき姉の顔を見ることが中々出来なくなる。
それなら、もう少しだけワガママ言ってつき姉を困らせてもいいかな・・・?
あんな風に八つ当たりするんじゃなくて、真剣に伝えたら悲しい顔されないかな・・
・?
とにかく、今はきちんと動く!!
「オレ行ってくるわ!また明日学校で!」
圭太はゲームの続きをしながらこっちを見て一瞬笑った後、行ってらっしゃい、と一
言言った。
圭太の家からオレの家までは普通なら走って5分くらい。
だけど、昨日から今日の昼まで降り続けていた雪のせいで走りづらくて全然前に進ん
でいない。
でも妙にすがすがしい気持ちだ。
もうすぐ久しぶりにつき姉の顔が見れる。
それだけで、すごく嬉しくて。
これから先のことを考えるとすごく緊張して。
でもやっぱり何か重たい物がやっと落ちた気がしてる。
つき姉の家が見えてきた。
心臓がすごくドキドキするけど、それでもつき姉の顔が見れるからすごく嬉しい。
よし!!



「泰希ーーー! 月子ちゃん家に来てるわよーー!」
・・・・・・・・?
「え?」
玄関で雪かきをしていた母さんが、つき姉の家の前で立ち止まったオレを呼び止め
た。
「つき姉、来てるの?」
オレは自分の耳に聞こえてきた言葉に自信がなくて母さんに確認しながら道路を横断
した。
「30分位前から、泰希の部屋で待ってるわよ」
「あ、そうなんだ」
なんでだろう。
でも、少なくともオレに会いたくないとは思ってないんだ!!





部屋のドアを開けようとしてやっぱり手が止まった。
嬉しいのに、緊張する。
今度こそつき姉に悲しい顔はさせない。
けど、自分の気持ちだけはきちんと伝えたい。
よし。

「つき姉・・・」
「おかえり、ごめんね。勝手にお邪魔してた」
いつもの笑顔・・・みたいだけどちょっと違う気がする。
「あの、オレつき姉に言いたいことある」
「うん」
つき姉はあの日と違ってオレの言葉に頷いてくれた。
「前・・・ごめん。あんな風につき姉に悲しい顔させて。ホントにごめん」
つき姉は黙って笑顔のまま頷いた。
いつもと少し違うけど、すごくキレイな笑顔だ。
「オレ、つき姉のことずっと姉ちゃんみたいに好きなんだって思ってた。けど、違う
んだって最近になって気づいた」
あの受験の日のつき姉の言葉で、自分の気持ちがウソみたいにハッキリとした形でわ
かった。
「1人の女の子としてつき姉のことが好きなんだ。つき姉はオレを弟だと思ってるん
だと思うけど、オレは今はつき姉のことは、姉ちゃんだと思ってない。・・・それが
オレの気持ちです」
つき姉はオレの言葉を最後まで黙って聞いていてくれた。
それから自分が腰掛けているベッドの横をポンポンっと叩いた。
座れってこと・・・?
横に?
すっげー緊張するな。


つき姉を至近距離で見るのが久しぶりすぎて、ホントにドキドキする。
オレの心臓は大丈夫だろうか??
色白で、髪の毛は黒くて長い。
ずっと昔からつき姉は変わらない。
どんどん大人っぽくなってキレイになったけど、やっぱり変わらない。
昔から大好きなつき姉のままだ。

「あたしも言いたいことある。タイちゃんに」
「・・・はい」
返事・・・だよな。
わかってるけど、わかってるけど・・・わかってるけどーーーーーーー!!
やっぱり恐い!!
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 男のクセになさけないけど、顔上げられねーよ!!
目を見て言われるのは無理だぁぁぁぁぁぁぁ!!

!?
これは・・・イイコイイコ??
つき姉の顔が近すぎて昔のように無邪気に喜べないけど、・・・でも嬉しい。



「好き・・・だよ」



・・・・・・・・・?!
えぇ!?





 

 

 

<前 次>


<ホーム <小説 <戻る

 

2004.01.22

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送