第7話 役割 ”プルルルル” ケータイ電話の着信音が鳴ると、未だになんか慣れなくて一瞬ドキっとする。 中学の時は周りに持っているやつもいたけど、オレは必要がなかったかし欲しいとも思ってなかった。 兄ちゃんも大学生になるまで持ってなかったし。 こっちに来ることになって、家に電話引いてないし連絡に不便だからということで持つことになった。 『アルバイトお疲れさまでした☆ 5月2日の17時にそっちに着く飛行機を予約したよ。楽しみにしてる ね。月子』 そう、オレは高校に入ったばっかりだというのにバイトなんて頑張っていたりする。 といっても3日間限定のバイトで、北海道からの月子の旅費を半分負担するためだけのものだ。 半分っていうのが情けないけど。 『月子もボランティアお疲れ。わかった〜!その時間に着くように空港に迎えに行くから。今からすごい楽しみだ!!』 ・・・すっごい楽しみだ!! はちょっとないよな。 いや、実際はすっごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっく×100くらい楽しみだけど。 削除。 『月子もボランティアお疲れ。わかった〜!その時間に着くように空港に迎えに行くから。オレも楽しみにしてるから。泰希』 送信っと。 少しでも自分を大人に見せたい。 この街に来て、自分を成長させるって決めたんだから。 よーーーーーーっし、明日のバイト最終日も頑張るぞーーーーーーーーーー!! 月子と離れてこの街に来てからもうすぐ1ヶ月になる。 受験の直後、オレが落ちたら合格するやつはいない。とかって思ったのに、オレの受験の成績は学年23番。 オレが落ちても22人は合格したわけだ。 今までオレより成績のいいやつにあったことがないからこの結果は正直嬉しかった。 さすがは文武両道の名門、美並山学園だ!! この街に月子と離れてまで来て良かった! っと本気で思えた。 美並山学園は一応大学院まであるけど、そのままエスカレーターじゃなくて高等部からの進学もかなりレベルが高い。 だから外部からの進学者が、ほとんどで兄ちゃんも北海道の高校からの受験で大学に入学した。 1クラス25人体制で全20クラス。 1学年500人の中で上位75位以内の生徒がA〜Cまでの特別進学クラス(通称特進クラス)で勉強することになる。 だから23位のオレは特進クラスのB組。(1位A、2位B、3位C、4位C、5位Bとなる) 25人だから、クラスのほとんどの顔は覚えたし結構楽しい奴らが多い。 もちろん勉強勉強で、話したことすらないやつも中にはいるけど。 6月には体育大会があるから、それに向けクラスで放課後練習している。 しかもなぜかオレはその運営委員のクラス代表に選ばれて、来月のGW明けからその仕事もある。 進学校なのに「さすが文武両道だなぁ・・・」と納得しながら充実した高校生活を送っている。 「泰希〜。ただいま〜」 「あ、お帰りー!!」 部屋から兄ちゃんの声に返事する。 兄ちゃんはバイトでここ2日10時に帰ってくるオレよりもさらに帰宅が遅い。 別に遊んでるわけじゃなくて、部活のアメリカンフットボールが忙しいみたいだ。 「ご飯できてるから一緒に食べよう」 「え〜! バイトで疲れてるのに作ってくれたの〜? 泰希、いい子だな〜。ありがと〜」 兄ちゃんに得意のイイコイイコ攻撃をされる。 これは高校生のオレにはうざい!! って言いたいけど、まだまだ嬉しかったりする。 けど一応、男だし。 「やめろよ。もうガキじゃないんだから」 と抵抗しておこう。 でも兄ちゃんは聞こえていないのか、オレの心の声が聞こえるのか全くやめる気配がない。 「作ったって言っても、実は味噌汁と米炊いただけなんだ。なんか惣菜売り場の人が、売れ残りのおかずくれたからそれ食べようと思って」 イイコイイコ攻撃が終わって、オレは着替えている兄ちゃんがすぐに食べれるようにテーブルを準備する。 確かにすっげぇ疲れてるから、何もしないで出前でもとりたいくらいだけど、オレと同居したことで兄ちゃんの負担を増やしたり、がっかりされたくない。 「え〜! 泰希もてるね〜」 「いや、おばちゃんだし」 「あははは〜。おばさんにも人気あるんだね〜」 こんな他愛ない会話を繰り広げて、兄ちゃんののんびり生活スタイルで過ごすのにも慣れてきた。 オレにとって月子がここに居ないことを覗いて楽しい生活が、兄ちゃんにもそうであってほしい。 大人の男になって、絶対に月子に弟扱いされないようにするんだ!! 体、痛てぇ。 筋肉痛か?? 短期だから1日10時間は立ちっ放しだからか、とにかく腰が痛てぇ。 腰っていうか、膝と肩の関節も痛てぇし。 初めてのバイトの最終日だと言うのに、この辛さはなんだよ!! まじ辛いんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! オレの3日間の短期バイトは、デパート新装開店オープンのために5000円以上買い物した人は1回引けるっていうよくある抽選福引。 そこで福引の箱の中を入れ替えたりとか商品を渡したりとかしている。 ・・・ほとんどティッシュだけど。 「ちょっと、そんな顔してるんなら休憩したら?」 ・・・!? ん? 今オレに言ったのかな? けど知り合いなんていないし、社員の人も隣の福引場にいるし。 ・・・気のせいか。 それにしても痛てーーーな。 客も最終日だけあって、詰め掛けてて途切れないし、かなり辛い。 とりあえず、残念賞のティッシュの補充でもするか・・・。 「ねぇ、そんな顔でいたらお客さんに失礼だよ。休憩しに行きなよ」 ・・・!? 「え?」 やっぱりオレか? 声の聞こえた方向に振り返ると、オレより背の高い女がこっちを見てる。 この女に声かけられたのかな? 「え?じゃないし。そんなに辛そうな顔してるなら、お客さんが心配するじゃん。これからあたし休憩時間なんだけど変わってあげるから先に入りなよ」 ・・・なんだよ、こいつは!? なぜこの女はこんなに偉そうなんだ? つーか誰だよお前は!? 「えっと、福嶋くんっていうの? 何時から休憩なの? その時間にあたし休憩するから教えて」 オレの心の叫びはおそらく顔に出てるのに、お構いなしでネームプレートを見て話し出す。 そもそもなんでこいつにそんなこと言われないとダメなわけ? 「いや、大丈夫ですけど」 なんだって、こんな初対面の人間に偉そうにされないといけないんだよ。 こいつは社員なのか? そうだったらちょっとまずい気がしてネームプレートに目をやる。 社員のネームプレートは、名前の下に赤いラインが引いてあるからすぐにわかる。 ”千代田”と書いてあるだけでラインはない。 ってことはオレと同じただのバイトかよ!! 確かに顔はどうみても高校生くらいだし、オレとそんなに変わらないだろう。 じゃあどうしてこんなに偉そうなわけ?? 「大丈夫って、その顔全然大丈夫そうじゃないし。あたし達お金貰ってバイトしてるんだから、そんな顔してたらダメだと思うよ。だから、代わる。オッケー?」 「オッケー?って・・・」 何者だよ。 すっげームカつくんだけど。 「そ、良かった。で、時間は? 休憩から戻ってきたら教えて」 「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないけど」 ・・・って全然人の話聞いてないな。 普通に客の応対始めたし。 ま、いっか。 この女が何者かしらないし、メチャクチャ!!ムカつくけど辛いのは事実だけど。 オレの休憩は3時30分からだからまだ2時間近くあるし。 大人の男になるなら、こんなとこでイライラしても仕方ないし。 休憩させてもらおう! 休憩室でケータイを出して電源を入れる。 時計代わりに休憩時間の1時間を計るためだけど、なんとなく依存している気がする。 ちょっと前までは全く必要なかったのに、使い始めて月子と繋がるようになってからは、なくてはならない物になった。 メールで月子に体の辛さとさっきの女のことでも愚痴ろうかな。 きっと月子なら優しく『大丈夫?』って言ってくれる。 あ、でも今日もボランティアで幼稚園に演奏しに行くって言ってた。 それにきっとメールを見たら心配する。 ダメだ。止めよう。 明後日月子が来た時に成長したと思ってほしい。 そのためには、このメールはマイナスポイントになってしまう!! 空港まで母さんと一緒に送りに来てくれた月子。 相変わらずお姉さんのように優しく送り出してくれて少し寂しかった。 オレは離れるのが寂しくて、何回も振り返えろうかと迷った。 けど、弟を見るように優しく笑いかけられてしまうんじゃないかって思って我慢した。 飛行機に乗ってから見てね。と月子からの渡されたプレゼントには月のチョコレートと手紙とMDが入っていた。 『タイちゃんが美並山学園でたくさんの幸せに出会えるように、私もこっちから応援してるね。私もタイちゃんに負けないように頑張る! 体に気をつけてね。次に会える日を楽しみにしてる。 月子』 それを読んでかっこ悪いけどちょっと泣いた。 月子に会えない寂しさが一気にわいてきてしまったのと、やっぱり空港で最後に振り返って月子の顔を見ればよかったと後悔したことが原因だと思われる。 前までは安心できてホントの姉弟みたいに過ごしていたからワガママもたくさん言った。 だけど、『彼氏』になって男としてみてもらいたくて、そういうことは止めるって決めた。 だから月子の前で絶対に泣けない。というか泣かないんだ!! 人を好きになるってことは、なんとか自分を成長させたいって思うことだっていうことに最近気づいた。 こうやって頑張れば少しずつお互いの心の距離が近づいていけるんだな。って思うとすごく嬉しくて顔がニヤニヤしてしまう。 ・・・この顔は月子には見せれないな。 明後日には月子に会える。 弱音なんて吐かないで頑張るんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 「38度5分だね〜。風邪ですよ〜」 なるほど、それで関節が痛かったんだ。 「今お粥作ってあげるから、ゆっくり寝てるんだよ〜」 「ありがと。部活で疲れてんのに、ごめん」 気にしない〜。と兄ちゃんはイイコイイコした後オレの部屋を出て行く。 それにしてもオレ最近風邪ばっかり引いてないか? 昔は風邪なんて引いたことほどんどなかったのに。 よく人は環境が大きく変化した時に体を壊しやすいっていうもんな。 今回はこの街に引っ越してきたのと、高校に入学したのと、初めてのバイト、それと月子のいない生活。 前回は・・・初恋。 あーーーー、なんかカッコ悪いな。 どっちともに月子が関係してる。 それだけオレが月子のことをすっげーーーーぇ好きだってことなんだよな。 オレの方がたくさん月子のことが好きだってことを体が証明してるみたいで、ホント情けない。 けど、それが事実だからカッコ悪いけど仕方ない。 月子の声聞きたいな。 けど確か今日もボランティアで幼稚園とかに演奏に行ったはずだ。 時間も11時を過ぎたし、きっと疲れてる。 ここでワガママを言うと、弟のオレに戻ってしまう。 我慢しないと何時まで経っても情けないままだ。 MDプレイヤーの電源をリモコンで入れる。 流れてくる曲を聴くとますます声が聞きたくなってきて、すぐに消した。 この曲は月子が空港でくれたMDに入ってたもの。 月子がオレのためによく弾いてくれた大好きなピアノの曲。 「泰希〜。お粥できたよ〜」 「ありがと。兄ちゃんはご飯食べたの? オレのことはいいから、何か兄ちゃんも食べなよ」 部活で10時過ぎに帰ってきたのに、オレのためにお粥作って何も食べてない。 アメフトのことはよく知らないけど、どう考えても楽な練習じゃないだろうし。 きっとすっごい疲れてる。 「いいんだよ〜泰希〜。物事には役割があるんだよ〜。病人は人のこと気にしないで、自分の風邪を治す役割で、元気な人はそれを看病するのが役割です〜。だから気にせず治すことに専念してください〜」 優しい笑顔でイイコイイコして、兄ちゃんはオレを起き上がらせてくれた。 この笑顔とイイコイイコ。 兄ちゃんと月子はちょっと似てる。 昔から一緒にいたせいかな? そうだ、月子の兄ちゃんの尚くんも似てる。 みんなオレにイイコイイコと優しい笑顔をくれる。 嬉しくて嬉しくて、いつもオレは3人と一緒にいたんだ。 だけど、いつまでも守られているばっかりじゃダメなんだ。 月子に見直したって思われたい。 「月子ちゃんには言ったの〜?」 兄ちゃんはトレーごとオレの膝に置きながら心配そうに言った。 「・・・言ってない。心配かけたくないから」 兄ちゃんが作ってくれたお粥が温かくて体にしみてすごく美味しい。 兄ちゃんがくれるたくさんの優しさもすごく嬉しい。 「言わない方が心配だよ〜。泰希がもしオレがいない時にこんな風に熱を出して、我慢されてたらすっごく辛いよ〜」 「え?」 オレはレンゲを土鍋に戻して、兄ちゃんの顔を見た。 すごく優しいけど、心配そうな顔でオレを見てた。 「泰希だったら、月子ちゃんが今具合悪くて寝込んでいたとして知らないでいた方がいいの〜?」 「・・・ヤダ。でも、オレこんな風に弟として守られてるのがイヤなんだ」 ホントは嫌じゃない。 居心地がすごく良いし、大好きな時間だ。 けど、このままこんな風にずっと月子に弟扱いされるのだけは嫌なんだ。 「どういう意味〜?」 「だって月子と離れてこの街に来たのに、全然成長できてない気がして。もっと大人の男になってオレが守る立場になりたいんだ。それで・・・もっとオレを好きになってもらいたいんだ」 すっごい恥ずかしいことを言ってる。 自分の心の奥底の1番人に知られたくないとこを言ってる。 きっと本当なら誰にも言わないようなことを言ってる。 どうしてかわかんないけど、兄ちゃんにはなんでも言えてしまう。 「オレは泰希のこと当然、弟だと思っているよ〜。けど、月子ちゃんは違うよ〜。泰希のことを一人の男だと思っているから付き合ったんだよ〜。守ってほしいとか、我慢してほしいとかそんなこと思って付き合ったんじゃないんだよ〜」 すごく優しい声と、顔で兄ちゃんはそう言った。 きっとこんな風に、優しい雰囲気を持ってるからオレは兄ちゃんに安心してなんでも言ってしまうんだ。 「じゃあ、どうして月子は付き合う前と今とオレに対する態度が変わらないの?」 「それは、泰希のことがずっと好きだったからじゃないの〜? 泰希は急に好きになったけど、きっと月子ちゃんはずっと泰希のこと近くで大切に見ててくれたんじゃないかな〜」 膝の上に乗ってるトレーが、土鍋の温度で温かくて、心まで温かくしみて来た気がする。 兄ちゃんはいつもオレがほしい答えをいつもくれるから。 ・・・? 風邪で熱があるせいかな? それとも・・・。 この年で男が兄ちゃんの前で泣いたりするかな? きっとしないんだろうな。 やっぱりオレはまだまだ弟レベルの男で、情けなくてかっこ悪い。 だけど今ここで兄ちゃんにイイコイイコされながら、涙を流しているのもなぜか温かく感じる。 さっき兄ちゃんが言った物事の役割。 オレはまだまだこのレベルの役割しかまかせてもらえない男で、周りの優しい人たちに守られてる。 だけど、いつかもう少し成長できたら月子や兄ちゃんを守れる大人の男としての役割を持ちたい。 いつも自分のことで精一杯で、がむしゃらに大人になるために頑張ろうとしたけど、まだそのレベルじゃないんだ。 だから今は・・・。 MDの電源を入れて大好きな曲をかける。 ケータイで大好きな人へ電話をかける。 「月子? 今大丈夫? うん、え? 声が変? うん、実は風邪引いて今熱出ちゃって・・・。大丈夫、月子が来る明後日には絶対大丈夫だから。うん――――――――」 弟扱いされてても、お姉さんみたいに接してる月子の側で甘えているのが今のところのオレの役割。
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2005.02.26
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