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第8話 歩幅 






「電気消すよ〜」
「あ、ちょっと待って。・・・うん、オッケー!」
鳥目のオレは、電気を消した部屋では何も見えない。
北海道と違って明るいとは言っても、街のわりと外れにあるこの辺りは電気を消すと案外暗い。
だから電気を消される前に布団に入って準備を整える。
「月子ちゃん明日帰っちゃうんだね〜。寂しくなるね〜」
左側から兄ちゃんの声が聞こえる。
すっげぇ寂しくなるーーーーーー!!
心の叫びとは裏腹にオレは暗闇の中で兄ちゃんの言葉に小さく頷いた。
ここで大きく頷いたら「相変わらずガキだなぁー、成長してないな」って思われそうで恐いし。
月子がここにいる間くらい成長したな、と思わせる大人の男でいたい。
色々あって、なんだかんだ助けてもらってばっかだけど、その目標だけは絶対達成するんだ!
「あたしも、すごく楽しかったから寂しいな。泰広くんにも色々お世話になっちゃった」
オレの右側から月子の声が聞こえる。
左に兄ちゃん、右に月子。
つまりオレ達は今リビングに川の字を作って寝ている。
どうしてこんなことになっているか・・・というと、月子が来た最初の日の夜に「泰希のこと信用してるけど一応ね〜」と兄ちゃんが訳わかんないコメントを言った後、リビングに布団を敷いたことが発端だ。
いや、ちょっとウソ。
訳わかんなくはない。
さすがにオレもそこまでガキじゃない。
けど、付き合って1ヶ月ちょっとでその間ほとんど会っていないオレが、そういう・・・ワイルドな男ではないことを兄ちゃんはわかっていなかったらしい。
というか、ただ単に恐いというか勇気がないだけかもしんないけど・・・。
そもそも!! その行為はワイルドなのか??
オレも男だから興味がない、したくない何て言ったら本当に大嘘つきっ! だけど、周りで騒ぐほど急がなければ! とは思わない。
これもちょっとはウソだけど。
でも何より月子に弟扱いされない大人の男になることの方がオレにとっては重要だ!








けど、正直この川の字は・・・。
すっげぇ嬉しいんだよなぁぁぁぁぁ!!!
子供の頃に尚くんもいて4人で4本の川の字を作って昼寝していたことを思い出して、顔がニヤけてしまう。
とにかく居心地がいい。
6畳しかないリビングに大人(オレも一応含む)3人で寝るのはちょっとキツイし、個人の部屋が同じ6畳づつあるのに何も狭い思いをして・・・とも思うけど、この安心感には代えられない。
大好きな人たちの真ん中に寝るのは子供の頃からのオレの低位置で、尚くんがいた時は月子の横が彼の低位置だった。
また4人で昼寝したいなぁ・・・なんて思っているオレは、やっぱり弟扱いがお似合いなガキだな。
だから口に出さない、態度に出さない。
心の中で思っているだけなら、二人にバレナイよな・・・?





今住んでいる部屋のベランダからはホンの少しだけど月が見える。
ホンの少しというのは、この辺りが暗いと言っても電線や、街灯で邪魔されてるから北海道の月と違って曇っているから。
キレイな満月や、半月、上弦、下弦の月とハッキリ分かるようには見えない。
それでも兄ちゃんの前の部屋からは全く見えなかったから、少しでも見えて安心してる。
ちなみに前の部屋はこのアパートの3階下。
このアパートは単身者&家族の両方が住めるように、4階までが1DK、5、6、7階が2LDKという間取りになっている。
タイミング良く6階の今オレ達が暮らしている部屋が空いたから、大家さんに事情を話して引っ越させてもらった。
兄ちゃんの2階の部屋からは、前のマンションが(兄ちゃん曰くアパートらしい。けどすげぇ立派)邪魔して見えなかったけど、6階はそれより高さがあるから見えるようになった。
ベランダで湿気の多い風を受けながら曇った月を見るのが、最近のオレの日課だ。









「そういえばせっかくの週末なのに、彼女良かったの?」
兄ちゃん達はお互の都合が中々時間が合わないらしくて、どうやら毎週末会ってるわけじゃないみたいだ。
けどオレはからかい半分で聞いてみた。
「え! 泰広くん彼女いるんだ」
月子はめずらしく大きな声で驚いている。
それがなんかすげぇ嬉しい。
「うん〜。そうなんだ〜。今度月子ちゃんにも紹介するよ〜」
兄ちゃんはきっとすごいテレてる。
やっぱりすげぇ嬉しい。
鳥目のオレに二人の顔は見えないけど、二人がどんな表情でいるかハッキリわかる。
みんなでいる時間の長さがそうさせるのだから、この不思議な川の字が本当に嬉しい。
「タイちゃんは会ったことあるんだ?」
「たぶん月子も何年か前に見たことあると思うよ」
「え? どうして?」
あーーーー、ダメだ!!
顔がニヤニヤしてしまう。
もう兄ちゃんも月子も目が慣れてる頃だよな。
オレは相変わらず真っ暗で全然見えないけど、このニヤけた顔を月子には絶対に見せられない。
「オレも驚いたんだけど、国道沿いの兄ちゃんがバイトしてたコンビニ覚えてる?」
この顔を隠すために兄ちゃんの方に寝返りをうつ。
「サクラのこと? 覚えてるよ。よくタイちゃんと買い物に行ってたから」
「え〜? 邪魔しに来てたの間違えでしょ〜?」
兄ちゃんのゆっくりした口調ながらするどい突っ込みに、オレと月子は同時に笑った。
「うん、そうかも。じゃあ遅くなったけど、ごめんなさい」
月子はきっといつもの優しい笑顔をしてる。
「どうしようかな〜。ま〜、可愛い月子ちゃんの”ごめんなさい”だから許さないと尚に怒られるしな〜。仕方ないか〜」
兄ちゃんも笑いながら返事する。
その言葉にオレと月子がまた笑った。
「でもサクラと何か関係あるの?」
笑いながら月子が続ける。
「そこでよく兄ちゃんと一緒にバイトしてた髪の毛がショート人覚えてる?」
「・・・あ! うん。確か泰広くんが”はっちゃん”とかって呼んでた人だよね」
「よく覚えてるね〜月子ちゃん。記憶力良すぎだよ〜」
兄ちゃんが苦笑してる、というより照れてるんだ。
兄ちゃんが照れるときは声が少し高くなるから、すぐわかる。
「え? あ、じゃあその”はっちゃん”が彼女なの?」
「当たり〜。半年くらい前に偶然再会して付き合いだしたんだ〜」
オレは兄ちゃんを冷やかすために、モノマネで月子に返事をした。
「泰希〜!!」
「わーーー!! ごめんなさい! あーーわははははは!! ごめんって!! あははははは!!」
オレを兄ちゃんがイイコイイコ攻撃をする。
ついでにオレの最も苦手な脇の下まで攻撃を受けて、笑いと涙が止まらん。
隣で月子がどんな顔でこっちを見てるのか、見えなくてもわかる。
子供のときに何度も、何度も見た光景だ。
「よ〜し〜。反省したかな〜?」
「はい!! ごめんなさい」
オレは大げさに謝った。
本当に子供の頃みたいだぁ・・・。
やっぱり大人の男にはほど遠い気がするな。
「なんだか、子供の頃みたい・・・」
隣で月子が小さな声でそう呟いたのが聞こえた。





オレと兄ちゃん、尚くんは5才離れてるのに子供の頃の昼寝を覚えてるのはきっとオレの記憶力がいいからだろう。
兄ちゃん達はすごく可愛がってくれてて、二人が部活で忙しくなった中学までは一緒に昼寝してくれてた。
もちろん月子も一緒に。
目の前にお互いの家があるのにどうしても離れがたくて、どっちかの家で遊んだ後、寝たフリをそのまま寝て泊まって行くってこともよくあった。
あの頃、真ん中に寝ているオレの上を優しい言葉達が飛び交って、ますますワクワクして眠れなかった。
今日もやっぱり変わらず、ワクワクして楽しくて。
さっきまで口にも態度にも嬉しさを出さないって考えていたのに、きっとすっかり二人には気持ちばれてる。
・・・大人の男はどこへ!? って感じだけど仕方ない。
隠せないくらいこの状態は嬉しくて楽しいから。
こういう時間をこの歳で過ごせるのは、きっとすごく不思議で貴重なことなんだ。









兄ちゃんと尚くんが大学生になって北海道を離れ、その後オレが高校生になってあの街を離れた。
永遠みたいに感じた楽しい子供の時間があっという間に過ぎて、月子のことが女の子として好きになって恋人になれた。
あの頃は自分が高校生になって、月子と恋人になるなんて考えたこともなかった。
少しづつだけど年齢的に、身体的に大人になってきてる。
オレも3年経てば高校を卒業して大学に行き、その後社会人になる。
上の3人は既に社会人になって慣れてる頃かな。
その頃、オレ達4人はどうなってるかな?
兄ちゃんは彼女の”はっちゃん”と結婚してたりするのかな。
いつか今日の出来事を”はっちゃん”も入れて5人で楽しく思い出したりしてるかな?
・・・そうであってほしいなぁ。
無理かもしれなけど、大人になっても大好きな人たちの真ん中で甘えていたい。
その時に今までのように月子がオレの隣にいてほしい。
そして今感じてるコンプレックスが解消できてたらいい。
いつもの優しい笑顔で笑っていてほしい。
・・・・・・ってやっぱり矛盾してる!!
コンプレックスを解消してたいのに、未来を懐かしむ時に月子に弟扱いされてると感じる笑顔でいてほしいなんて。
二人の時には弟扱いされたくないって感じるのに、兄ちゃん達と一緒ならあの笑顔でいてほしいなんて。
変だなぁ・・・。
本当にオレ最近変だよ。
恋は片思いの相手と結ばれてハッピーエンドで終わるマンガや小説と違う。
永遠に”続く”がある。
・・・!?
なんでオレは、明日の夕方に月子が帰ってしまうというのにこんなことばかり考えてるんだよ!!
明日からまた月子がいなのに・・・。
この1ヶ月会えないから寂しくて、不安で、すぐにでも会いたかった。
やっと会えたのに今度は離れるのが寂しくて、不安で、どうしようもなくなる。
また・・・矛盾だ。
人を好きになるとどうしてこんなにたくさんの矛盾が生まれるのかな?
いつかこの抱えている矛盾はなくなるのかな?
みんなこういう思いを抱えてるのかな?
兄ちゃんも、圭太も・・・月子も。
何か・・・泣きそうだ。












「ごめんね〜。部活で送ってあげられなくて〜・・・」
アパートの入り口まで送りに来たオレと月子に兄ちゃんは本当に申し訳なさそうに言った。
今日は隣の県のなんとかっていうの強豪校との練習試合らしい。しかも朝の7時半大学集合。
そこからバスに荷物を積んで、10時過ぎに到着予定らしいけど・・・本当に忙しそうだな。
「ううん全然。泰広くん忙しいのにたくさん迷惑かけちゃってごめんね。お世話になりました」
「あ! これ〜、前に電話で言ってたやつ〜。11時に行くって伝えてあるから〜」
「ありがとう。無理言ってごめんね」
月子は兄ちゃんからメモみたいなものを受け取って、ポケットに大切そうにしまった。
「何? それ?」
「ヒミツ〜。じゃあ、また来てね〜。行ってきま〜す〜」
「「行ってらっしゃい」」
二人同じタイミングで兄ちゃんに声をかける。
月子の顔はやっぱり昔から変わらない優しい笑顔。
けどたぶんオレの顔は・・・??のマークが飛び交っているだろう。
そんなオレを見て兄ちゃんの顔は昨日の仕返しとでもいわんばかりに、笑顔が浮かんでる。
ヤキモチでもやかせたいのかなぁ・・・。
さすがに兄ちゃんに嫉妬はしないけどな。




「何それ?」
兄ちゃんがいなくなったのを見計らってすかさず聞く。
だってオレだけ仲間はずれみたいで寂しいじゃん。
「ヒミツ。もう少しだけね」
月子・・・可愛いからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
あぁ、なんでこんなに可愛いんだろう。
昔から見慣れているのに、どうして立場が変わるだけで見えるビジョンがこんなにも違うのか。
前は優しい月子の笑顔の向こうに・・・なんていうか、花で例えるとかすみ草が見えていたのに今は・・・ってオレ花の名前知らないじゃん!!
とにかく優しい雰囲気で安心していたんだ、以前は!!
こんな風に、動悸が激しくなって、顔を直視出来なくなって、でも触れたくて・・・とかっていう訳の分からない感情が芽生えることはなかったんだ!!
「・・・ちゃん? タイちゃん? 朝ご飯食べに戻ろう?」
・・・!? 
「えぇ!? あ、うん、はい」
突然顔を覗き込まれて一気に心拍数が上がる。
月子の悪い・・・いや心臓には悪いけど、可愛くて後味の良いクセだ。
「どうしたの?」
「別に? 戻ろう」
カッコよく大人の男を演出してみたけど、履いてたサンダルが抜けて転びそうになってしまった。
「大丈夫?」
あまりのかっこ悪さにオレは背中を向けたまま頷くことしか出来なかった。
ホントにかっこわりぃ。

















「ここって・・・?」
見上げた先には『YAZAWA』という看板。
ここって・・・音楽スタジオって書いてあるけど? なんだ、それ?
月子が空港に行く前に寄りたい場所がある、と朝食を食べながら言った。
だから飛行機の時間よりも早めに家を出て、手書きされたメモ従って着いた先がここ。
「さっき言ってたヒミツの場所だよ」
いつもの笑顔をオレに向けてから、ドアを開け中へ進む。
「じゃあこのメモって、さっき兄ちゃんが渡してたやつ? でも字違くない?」
オレは何が何だかよくわからなくて緊張しながら月子の後に続いた。
こういう場所は初めてだし、すげぇ緊張する。
「泰広くんの後輩の字なんだって。ここ、その後輩のお父さんが趣味で経営してるんだって」
そういえば、”矢沢”って名前は聞いたことが気がする。
確かアメフト部の後輩で、兄ちゃんとはっちゃんが再会した合コンをセッティングした人だったような・・・。
「それで何しに来たの?」
オレの質問に月子は小さく笑っただけで答えてくれない。
知らない場所にいる緊張で心臓がドキドキする。
月子が連れてきてくれたんだから、恐いことはないのに昔からこういう未知のものは苦手だ。
情けないし、認めたくないけどやっぱりオレは弟気質なんだなぁぁぁぁ。
「こんにちは、11時に予約していた長原です」
「こんにちは。長原さんですね、こちらの部屋になります。どうぞ」
フロントのバイトらしき女の人に月子は挨拶して、その人に誘導されるがままに奥へと進む。
オレは緊張で下を向いて歩いてたから、”3番”と書かれたドアの前でフロントの人が脚を止めた時ぶつかりそうになった。
鍵を開けた後どうぞ、と言ってバイトの女の人はいなくなってしまった。
「ヒミツの場所だよ」
月子はそう言って笑った後、ドアを開けた。






「もったいぶったけど、実はピアノ聞いてほしかっただけなんだ」
月子が開けたドアの中には12畳くらいのフローリングの室内に、グランドピアノとソファーが置いてある。
その中へ子供の頃のように手を引いて導き入れオレをソファーに座らせる。
子供の頃はただ、優しくて温かくて安心できた手に、今はすごくドキドキして動悸で息が苦しくなるような気持ちにさせられる。
一生繋いでいたいのに、苦しくて手を離したくなる矛盾した複雑な感情。
・・・ここでもまた矛盾だ!!
「タイちゃんが新しい場所で頑張ってるから、あたしも負けないように練習したの。聞いてもらってもいいかな?」
「もちろん! 聞きたい! すっげぇ聞きたい!」
月子のピアノを生で聞くのは1月以上ぶりだ。
日課だった温かい生の音から離れて、MDから流れ出てくる少し無機質に感じる音が新しいそれになった。
相変わらず細くて、キレイな長い指が吸い込まれるように鍵盤に触れる。
月子の弾いている姿を見ていたいけど、目を瞑ってソファーの手前に座って背もたれに首を預ける。
これがオレが月子のピアノを聞く基本姿勢。
一生懸命弾いてる月子に失礼だと思われるかもしれないけど、昔から一番リラックスできる体勢だ。
耳の中に響いてくる優しい音。
子供の頃からイヤなことがあった日も、嬉しいことがあった日も、平穏な日も、全部この音を聞きながら過ごしてた。
子供の頃のヘタクソな月子のピアノの音だってオレにとっては癒しの音だったりした。
オレのたった15年の人生の中でなくてはならない大切なものの一つ。
きっとこの音がなかったらこの先すげぇ寂しい人生になるんだろうなぁ。
って、そんな不吉なことを考えるなーーーー!!










「ピアノまた上達したね」
空港へ向かう道を歩き出してまた一気に現実へ引き戻された。
あと2時間後には月子はこの街にはいないんだ。
「良かった。タイちゃんが頑張ってるのに上達してなかったら恥ずかしいから」
オレは会話の内容のわりに全然元気な声じゃないのに、月子は相変わらずいつもの落ち着いた口調だ。

「・・・寂しいな」
不意に口からこぼれた言葉にオレ自身が驚いた。
ってかヤバイだろ!!
ここまでたくさん粗はあったけど、なんとか成長したと思わせれるように頑張ったのに・・・台無しだ。
「また背・・・伸びたね」
「え? ・・・それはないよ。4月の身体測定で変わってなかったし」
よっしゃーーーーーー!!
どうやら月子には聞こえていなかったみたいだ。
・・・それはそれでオレの話聞いてなかったのかな? って少し悲しいけど。
「タイちゃんの歳の男の子だったら1ヶ月でも全然違う時もあるからわからないよ」
優しい笑顔。
この笑顔と3日間過ごしたんだ。
お姉さんっぽくてイヤだなって思う時のが多いのに、やっぱり安心する。
「それ・・・懐かしいね」
月子がオレの足元を見て微笑んだ。
「え? あぁ、なんかすぐやっちゃうんだよね。歩道のブロックの線踏まないようにとか・・・」
マズイだろーーーーー!!
こんな小学生みたいなクセ、どうして無意識にやってんだよーーー!!
「子供の頃はあたしや上の二人との体の大きさが歳の差のせいでかなりあったから、この遊びであたし達がスイスイ飛んで踏まないようにできるのに、タイちゃんはできなくていつも泣いてた」
「泣いてないって」
・・・泣いてたけど。
それをあわてて月子と兄ちゃんたちが慰めてたけど。
オレの言葉に月子は笑った。
「もう飛ばなくても普通の歩幅で越えられるね。なんだかすごく時間が過ぎるのが早いね」
「越えられるよ。さすがにもう高校生だし・・・チビだけど」
オレは月子の手を握った。
なんだか今の言葉がすごく恐くて、不安で・・・クチでは冗談で誤魔化せてもやっぱり恐がりのガキだ。
「あの頃はあんなにあった歩幅の距離が、今はあたしを追い越してどんどん差が開いてきちゃった」
どうして急にそんなこと言うんだろう。
やっぱり弟扱いされてるよな?
・・・歩幅が追い越したってなんの意味もない。
オレは早く大人になって心の距離を縮めたい。
月子を守るっていう言葉が似合って信じてもらえる男になりたい。
「少し・・・寂しい」
ここで「弟扱いしてるの?」って聞くのはそう難しくない。・・・恐いけど。
でも、聞いたらおしまいだ。
自分の自信のなさが招いている不安なんだから、月子にぶつけるのはおかしい。
自分自身で克服しないといけないことなんだ。
「オレは悔しいよ。月子にまだぜんぜん追いつけなくて」
「・・・え?」
驚いたように月子がオレの顔を見たのに気づいたけど、真っ直ぐ前を見ながら言葉を続けた。
「ピアノ・・・本当にすっげぇ上手くなってた。オレのが全然負けてる」
思わせるだけじゃダメだってこと。
当たり前だけど、今ハッキリ気づいた。
やっぱりガキだし、大人ぶったって意味なんてない。
「そんなことないよ。タイちゃん、すっごく成長してて・・・あたしも頑張らないとって思った」
「違うよ!! 全然まだまだで・・・」
って自分できっぱり否定しなくても。
オレって学力は高いはずなのに、恋に関しては全く持って臨機応変に対応できてない。
自分で言ってすげぇガッカリして下を向く。
これで月子の顔は見れない。



「あたしの前を大きな歩幅で歩くタイちゃんに負けないように、あたしも明日から頑張るね」
その言葉と同時に髪の毛に懐かしい感触。
温かくて、キレイな音を奏でる手が子供の頃からオレにくれていた優しい癒し。
子供の頃ならこれで「えへへ」とか言って笑顔になるけど、飛行機の搭乗時刻まで1時間半の今・・・オレのすべきことは。





「歩幅だけだって言われないように、心も体ももっと成長するから。もう少し待ってて」
イイコイイコは嬉しいからそのままに。
でも言葉だけは男らしく。
この変な矛盾も今はホンの少し心地いいし。








成長はこれからだ!!









 

 

 

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2005.03.26

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