<ホーム <小説 <目次

 




■第2話 ツユクサ 〜花言葉は尊敬しています〜





あのクリスマスイヴから半年以上の時が経ち、オレは2年生に進級した。




オレは、推薦で入れる学部の中から教育学部を選択したので、その資格のための講義もあり、週に3回は5講まで授業が入っていた。
特に教員になりたいわけではなかったけど、資格取りたいし・・・という単純な理由からで入ってから勉強の大変さに少し後悔した。

けど、去年までと違い2年になったことで自動車通学がOKになったので、通学はかなり楽になった。
美並は遠方の2年生以上の学生を対象に駐車場を持っている。
車でも片道40分かかるオレには無事許可が降り、社会人になったら月々返すことを条件に親が車を買ってくれた。




なぜか、あの日からたびたび彩に会うようになっていた。
と言っても、2年生になり雑用を下に譲ったおかげで同じ学年での飲み会が増えたことと、家が近いと気づいてから車で一緒に帰るようになったのが原因でもあるけど。
呼び方もいつの間にか『元永』から『彩』へと変わり、あっちもオレを『愁哉』と呼ぶようになっていた。

だからといってオレ達は付き合っているわけじゃない。決してない!
相変わらず、雄斗さんと彩は付き合っていた。
オレは、あの日あの現場にいたことをきっかけに、同学年の仲間を超えて友達になったようだ。
それでも、始めの頃は雄斗さんに後ろめたさを感じていた! 雄斗さんには絶対に嫌われたくないし・・・
けど別に恋愛感情じゃなかったし、仲良くなって性格とか考え方とかを知っていくうちに彩のことも友達として!すごく大事なものになっていった。
だから、だんだんその気持ちも薄くなっていった。(雄斗さんごめんなさい!)





練習の後、錬と飲みに行くことになった。
錬は宮城県から出てきていたから高校時代は美並の学生寮に入っていたが、大学生になってからは学校の近くで一人暮らしを始めた。
オレは練習が遅くなるたび、車を大学の駐車場に置き去りにして錬の家に泊まった。(飲みたいからってのがほとんどの理由だけど。)
「愁哉さん、錬さ〜ん!」
後ろから1年生の健志朗の声がした。
振り返るとこっちに走って向かってきている。
オレと錬は二人で顔を見合わせ合図して、走って逃げた。
二人とも100メートルは11秒台前半。
健志朗も12秒台前半とかなり早いが、差は広がる。
「勘弁してくださいよ〜!」
オレと錬は笑いながら健志朗の所に歩いて行った。
「これから飲みに行くけど、お前も行く?」
錬がいじけて座り込んでいる健志朗に手を差し出す。
その手をつかんで立ち上がりながら
「いいんすか? 行きます!」
と健志朗が笑顔で言った。



こいつもまた、学校の近くで一人暮らしをしている。
高等部から美並でアメフトを始めた後輩だ。
小学、中学と野球部でピッチャーとして北海道で活躍していて、高校でも続けるつもりだったらしい。
野球の推薦で声がかかった美並に校舎見学で来ていた日に、たまたま通りかかったアメフトのグラウンド。
そのグラウンドでは雄斗さんとの高校最後の試合が行われていた。
その試合にくぎ付けになり、最後のオレのタッチダウンを見た次の瞬間、推薦を断ったらしい。
勉強もできる健志朗は実力で美並に入り、オレに憧れてアメフトに入ったと真顔で言える調子のいいやつだった。
でも、誤解されやすくはあるが性格も良くて、人一倍努力する健志朗をオレも錬も弟みたいに可愛がっている。

希望ポジションを聞かれた時、迷わず「WR」と答えた健志朗だったが、野球をやっていて鍛えられた肩や、キャッチボールの様子を見ていた監督は「QB」という結論を出した。
健志朗のお陰でオレ達は最後の大会で優勝できた。
そんな才能あふれた選手で、その大会の健志朗は雄斗さんと重なって見えるくらいだった。

今年高等部から3人の枠に入り大学に入ってきた。
まぁ2年連続で全国優勝の立役者になったのだから当然だ。
「ところで、用事だったんじゃないの?」
錬が健志朗に聞く。
「あれ・・・なんだったっけな?」
「なんだよそれ」
っとオレはいつものことながら、笑ってしまった。
錬も笑っている。
「思い出したら言います。行きましょう!」
と仕切りだした健志朗に錬が
「何?今日健志朗のごちなわけ?」
とニヤニヤしながら言う。
「勘弁してください。部費払ったから、金ないっす」
財布を広げながら一応申し訳ない顔をして健志朗がそう言った。
ホントに調子のいい奴だ、とオレは苦笑していた。




飲みに行ったのはいつもの居酒屋『こころ』。
錬の家から歩いて5分くらいで、健志朗の家からも10分もかからない場所にある。
相変わらず、酔ってくるとアメフトの話になってしまう。
酒に弱い健志朗はすっかり出来上がっていて、かなり熱く語っている。
オレ達の中で彼女がいる人間は1人もいない。(寂すぃぃぃぃぃ!)
オレは1年近く前に振られたっきりだし、健志朗は入部して少ししてチアリーダーと付き合っていたが「イメージと違った」と言われ振られた。
健志朗は、1年生ながら春のオープン戦からスタメンの雄斗さんの2番手のQBとして出場している。
1人のQBが投げ続けると肩に負担がかかるので、2番手とはいえ健志朗はよく試合に出ていた。
おそらく、試合で活躍している健志朗と、調子が良くて誤解を招く行動をする健志朗のギャップに驚いたのだろう。




錬は男のオレから見てもかなりカッコイイと思うのだけど、奥手な上に優しすぎるし情にもろい。
しかも、真面目。
初恋の女の子に、将来の夢は「学校の先生」といった時に「必ずなってね」と言われたことで教育学部で勉強に励んでいる。
アメフトしながら真剣に叶えるべく努力もしている。
とにかく、いい奴すぎるいい奴なんだ。
そのせいで、高校生の時に付き合った女の子が何度浮気を繰り返しても、泣きながら「していない」言うと信じてしまう。
結局、練習の後教室に忘れ物をした錬が取りに戻った時、元カノが他の男とHしているのを目撃してしまったことをきっかけに別れた。
その場は何も言えずに立ち去ったらしいが、その後泣かれはしたがなんとか別れを告げたらしい。
それ以来女性不信に陥っている。純情と言うかなんというか・・・。
だから、オレ達3人は今まるで女っけなし。(やっぱり寂しい大学生活・・・)
アメフトについて熱く語っていた健志朗が当然黙った。
「どうした?」
そう聞いたオレに
「ちょっと待ってくださいぃ! さっき言おうとしたこと、ここまで出てきました! あとちょっとなんすよねぇ・・・」
と首に手をやった。
どうやら、あと1歩っという意味で健志朗の癖といえる仕草だ。
「あっ! そうだ、今日なんかまずいもの見ちゃったんすよ」
「まずいもの?」
と錬が聞き返す。
「雄斗さん、元永さんじゃない人と車でキスしてたんすよ」
酔っていて興奮気味の健志朗がさらに興奮気味にそう言った。
オレも、錬もしばらくコメントに困って顔を見合わせた。
「オレ聞きたくなかったなぁ。明日から彩ちゃんの顔見れねぇよ」
と錬が言った。
オレも同感。しかもオレが見た光景よりハードになっている。
「だから、言ったんすよ、オレだけで抱えるにはあまりに辛くて・・・」
落ち込んだ顔をしながら健志朗が言う。
それを見てやっぱり優しい錬は
「まぁ、噂はあったしな。見ちゃったもんは仕方ないし・・・3人の胸にしまっておこう」
そう言いながら、健志朗のジョッキにピッチャーに残っていたぬるいビールを入れた。
「これぬるいっすよ」
「タダで飲めるんだから、文句いうな」
と先輩ぶってオレがそう言った。
「すみません、美味いっす」
そう言って健志朗は飲み始めた。
「ウソだよ、ムリすんなよ」
まずそうに飲む健志朗に一応そう声をかけてやった。(オレも結構優しいんだ。)
「それにしても、元永さんなんで別れないんですかね」
ぬるいビールを飲みほしてさらに酔いがまわった健志朗が突然そう言う。
「・・・好きだからじゃないの?」
オレは少し考えてそう返事してみた。
それ以外になんかあんのか? 経験豊富じゃないオレにはよくわからん。
「付き合って結構たつから、情なんすよきっと」
高校時代モテまくっていた経験豊富(オレよりは)の健志朗が言い切った。
「それもあるかもしれないけど、人のことはあんまし言わないほうがいいぞ」
錬は健志朗にそう言う。
!? 錬にもわかるのか、その気持ちは・・・。(ちょっとショック。)
「そうっすけど、元永さん可哀想っす。浮気されるくらいなら別れてやるほうが相手のためです」
最近振られた傷が癒えていない健志朗は、かなり彩に同情的だった。
オレ会っている時の彩はそんなに雄斗さんの話はしない。
クリスマスイヴのあの日と、あとは数えるくらいだ。
たわいのない話をして、笑ってあっという間に時間が過ぎて別れる、それの繰り返しだ。
だから、雄斗さんに関して彩が何を思っているのかはオレにはよくわからん。
しかも、聞いていいもんかもよくわからないから、彩が何か言わない限り触れないことにしている。(力になれないだろうし・・・)


「そう言えば、愁哉結構彩ちゃんと仲良いよな。最近かなり話してない?」
・・・!?
錬がいきなりその話をふるのでオレはちょっと動揺した。
「え? テーピング頼んでるからかな・・・別に普通だと思うけど」
一応平静を装ってそう答えたけど、二人はなんかニヤニヤしている。(なんか怖いよ。止めてくれぇぇ!)
「愁哉さん、元永さんのこと『彩』って呼び捨てですよね・・・確か、前は『元永』だった気が」
と知っているくせに意地悪く健志朗が言う。
それに便乗して錬まで意地悪く
「彩ちゃんも、愁哉のこと呼び捨てだよな・・・いつの間にそんなに仲良くなったわけ?」
と続く。
錬は自分のことは疎いくせに、人に関してはかなり敏感だ。(いつか仕返ししてやる!)
いつもはお人よしな錬が今日はかなり意地悪く見える。
まぁ、隠すつもりだったわけじゃない。
やましいことも何にもないし・・・
ただ、なんとなく言いそびれていただけだ。
そう思って、クリスマスイヴから最近までの話を短く説明した。


「で? 愁哉は彩ちゃんが好きなんだ。へー」
!? どうしてそうなるんだ!?
「人の女は良く見えるっていぃますもんね」
間髪いれずに健志朗が、錬の援護をする。
「さっき話した通り、別になんもしてないしする気もないよ。しかも、彩は友達だし。第一オレは雄斗さんのこと尊敬してる憧れの人なんだから裏切るようなことは絶対しない!!」(嫌われたくないし。)
そうオレは強く返事した。
「そんなに、いいっすかね。雄斗さん・・・」
ぼそっと呟くように、健志朗がそう言った。
「それは、健志朗は一応ライバルだからそうなんだろうけど、オレらから見たらやっぱり尊敬するすごい選手だよ」
「それは選手としてっすよね。人間としてそんなにいいっすか? 浮気して彼女泣かせる人間性をオレは尊敬できないっすよ」
錬の返答に対し、即座にそう健志朗は言い返した。
さすがB型! A型のオレには言えんことだ。
「お前、いいすぎ。雄斗さんは先輩なんだし、チームメートなんだから。それに愁哉が尊敬している人を目の前で悪く言うなよ」
錬が諭してくれた。
いいぞ、いいぞ。っとオレは心の中で思っていた。
普段は錬が諭すと大人しくなる健志朗だけど、酔っているからまだ何か言いたげな顔をしている。
オレは一応、錬が諭している手前少しムスッとした顔をして黙っていた。
これでヘラヘラ笑ったら、錬の言ってくれたことは台無しだし。
オレは俳優気取りで演技を続けた。(結構いける?)


確かに、彩に辛い思いをさせている雄斗さんは良い人間ではないのかもしれない。
けど、オレをWRにしてくれた運命の人だしやっぱりプレイヤーとしてはかなり尊敬できるし、憧れの存在だ。
オレがここまで成長できたのも、雄斗さんのおかげだ。
それに、何より女癖は悪いけど同じ学年はもちろん、後輩にも先輩にも監督コーチ陣にも信頼がある人だ。
彼が、試合中フィールドの中にいるかいないかでチームの雰囲気も全然違う。
負けている試合でも、雄斗さんがいるだけで負ける気がしない。
きっとオフェンスのフィールドにいるメンバー全員が、感じているはずだ。




しばらく黙っていた、健志朗が口を開いた、かなり酔ってるらしくて最初はなんて言っているかわかんなかった。
「え?なんだって」
オレは聞き返す。
ホントに弱いくせに飲むんだからなぁ。って飲ませたオレ達も悪いけど。
「オレはぁ、愁哉さんに・・・憧れてアメフト始めたんっす、よ」
酔っているからロレツが回っていないけど、なんとか聞き取れた。
「あぁ、いつも聞いて知ってるよ」
といつもの通り軽くあしらった。
けど今日のこいつはしつこい。
「オレ、あのグラウンドォの日ま・・・で夢は、プロォ野球、だったんすよ」
へぇー。それは初耳だ。(新しいトリビア発見!)
美並の野球部からプロになった人間も何人もいるから、そこから推薦が来たこいつは結構すごいやつだったはずだ。
だから、野球を続けていればその夢は叶ったのかもしれない。
「あの日ィ・・・ボールが愁哉さんに向かって飛んでいる気がしたんすよ・・・ボールが・・・」
顔を突っ伏したまま寝言のように話し出す。
そりゃそうだ、オレへのパスなんだから・・・。
あの試合の日、スタメンだったオレがキャッチしたのは5回。
けれど、キャッチしてすぐにタックルされたりして、ロングゲインしたのたった2回。
あのタッチダウンだけだ。
「なんか、この人ォ・・・ボールに好かれてるんだなぁって思ったんすよ。ボールが愁哉さんに獲って欲しがってたように見えたんす」
「それは雄斗さんのパスがうまいからそう見えたんだ、お前もそうなるように頑張れ」
健志朗も十分上手いけど、オレは一応そう答えた。
「ソレッ・・・違うっすよ、雄斗さんは確かにうまいっす。けど他のWRがキャッチする時は、なんか獲りに行ってるんすよ。オレQBやって思ったん・・・す、けど。愁哉さん以外はボールを獲りに行ってる、んす。愁哉さんへはボールが獲られに、行って・・・るんす」
もう半分寝てるんじゃないかと思うくらいな話し方で健志朗はそう言った。
嬉しかった。
そんなこと初めて言われた。
パスを出すQBの健志朗にそう言われたのが、ホントに嬉しかった。(単純?)
「オレ、ホントに愁哉さんのこと、尊敬してまっす!」
そう言いながら、いきなり起き上がって敬礼のふりをしてかと思うと、そのまま眠ってしまった。
錬は嬉しそうにオレを見て
「オレもそう思う、今年の大会も頑張ろうな」
と言ったから、オレはますます嬉しかった。


完全に眠ってしまった健志朗を担いで錬の家に向かった。
身長が186センチのオレとほとんど変わらない184センチの健志朗。
健志朗が『パンサーズ』に入部した当時は、確か170センチで体重も58キロの小さい体だった。
背中で寝ている健志朗の体重は今は73キロ。(ちなみにオレは72キロ)
毎日のウエイトで体脂肪も5%とかなり低い。(・・・オレは8%・・・。)
いくら鍛えていても、酔っているオレにはこの重さは結構辛い。
けど、ホントにこいつも努力したんだな。
そう思って、酒くさく背中で寝息を立てる健志朗を、少し尊敬した。(やっぱり単純?)





<<前 次>>

 ※眠りについた健志朗の夢の中でのお話はコチラ→パレット 最初の「赤色」

 

<ホーム <小説 <目次

Update:

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送